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| 1.遺書 | ||||||
部屋に整然と借金メモ… その男性を最初に知ったのは、ある“事故”がきっかけだった。 夕刻、取材メンバーの一人が社への帰路、JR新長田駅に着くと、構内がざわついていた。 「ただいま、下り線で人身事故が発生しました」。拡声器を手に駅員が改札で叫ぶ。「飛び込みがあったんやて…」「最悪やわ」。周りの会社員や学生が携帯電話で口々に話し込んでいた。 現場のホームに上がると、通過する予定だった快速電車が止まっていた。車内には苛立ちを隠せない乗客たちの顔…。線路に視線を落とすと、革靴が片方だけ、夕日を受けて転がっていた。 「JR神戸線で事故相次ぐ」。翌一月十一日付の本紙朝刊の記事は、普段の「飛び込み自殺」よりも少し目立つ扱いだった。新長田駅に加え、JR灘駅でも同様の事故があり、ダイヤの乱れは約三十万人の足に影響していた。 男性は両手を高く挙げ、ホーム西端から身を投げたという。身元は分からず、所持金は八百円。五百円硬貨は衝撃で大きくひしゃげていた。 不況と歩調を合わせるように増える鉄道自殺。JR西日本など京阪神の鉄道五社によると、二〇〇〇、〇一年度の自殺はともに年間約百二十件に上り、ダイヤの乱れに対する乗客からの苦情が後を絶たないという。 ごく日常の風景の中で出くわす「死」。傍らで起きた「死」も多くは「迷惑事」として受け止められる現実。割り切れなさを抱え、私たちは身近な死の再取材から始めることにした。 ひと一人が通るのがやっとの狭い階段。廊下の突き当たりには共同トイレ。黒のフェルトペンで小さく書かれた名字がドアに残っていた。 革靴の男性、栄二(60)=仮名=の住んでいたアパートは、尼崎市内の阪神電鉄大物駅近くにあった。木造二階建てアパートの四畳半一間に一人で暮らしていた。 新潟県で育ち、若い頃に関西に移った。神戸市内のホテルなどに勤務した後、約十年前からは大阪の倉庫会社で派遣警備員として働いていた。「とにかくまじめな人。悩みを聞いたことはありません」と同僚たちは口をそろえる。 その栄二が意外なものを部屋に残していた。カタカナと数字が羅列された手書きのメモだった。 「死後、部屋に入ったら、机の上にていねいにそろえてありました」。唯一の身寄りで大阪に住む兄(65)は「なにか、暗号みたいで…」と戸惑い気味に打ち明ける。 メモの傍らには、消費者金融やクレジット会社のカードを入れた箱。メモのカタカナは、その金融会社の頭文字と符号した。数字を合計すると「139・2」。各社合わせた借金「百三十九万二千円」を示していた。 きちんと整頓された衣類や生活用品が並ぶ部屋。メモはあたかも栄二の「遺書」のように見えた。 自殺の背景に透けて見える経済苦。死へ追い込まれる苦悩と絶望。栄二の取材を経て、私たちは借金苦の現状を探ることにした。訪ねたのは神戸市灘区で開かれているヤミ金融などの被害者の会。そこで多重債務の相談に乗る英雄(30)=仮名=に出会った。 自らも以前、多重債務に陥りながら、今は水道管工事の工務店を営む傍ら、会の世話役として活動する英雄は明るい笑顔が印象的だった。身の上を尋ねたのは出会ってしばらくたってからだった。 「実はおやじも多重債務者だったんです。自殺でした」。ぽつりぽつり、言葉を選びながら英雄は語り始めた。 「家族全員に遺書を残しましてね。五年前の六月、『父の日』の朝でした」(敬称略)
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