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| 2.前夜の予感 | ||||
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「保険金で処理してくれ」 早朝、英雄(30)=仮名=は電話のベルで起こされた。外はまだ薄暗い。「まったく、だれや」。受話器から聞こえてきたのは母の震えた声だった。 「お父さんが倒れた」 妻と暮らす自宅から、少し離れた実家の水道管工事の工務店に駆けつけた。救急隊員が父に心臓マッサージをしていた。 のぞき込んだ瞬間、ハッとした。父の首の周りに、赤い線のような跡がくっきりとついていた。 「何やこれ」。とっさに母に詰め寄ったが、聞かずとも分かっていた。 前夜、いつも通り父と一緒の仕事の現場から引き揚げようとすると、珍しく父が誘ってきた。「ちょっと飲もか」。近くで酒を買ってきた父の姿に「金もないのになんでやろ」と思いつつ、たわいもない話をした。 「経営が厳しいのはうすうす知っていた。でも、そこまで追い込まれているとは…」と英雄。少し前から父は、仕事を英雄たちに任せ、現場に姿を見せることが少なくなっていた。「今思えば、金策に走り回っていたんでしょう」 遺書には「保険金で(借金を)処理してくれ」と書いてあった。 五年前、一九九八年の六月、「父の日」の朝だった。 英雄が父の営む神戸市内の工務店で働きだしたのは、高校を出てすぐだった。 水道管工事の修業は想像以上に厳しかった。配管には指一本触れさせてもらえず、穴掘りとセメントをこねる作業が丸三年続いた。 一方で、厳しい「親方」も家ではやさしい父だった。長男の英雄と妹四人を連れ、毎年、家族七人で旅行に出かけた。仕事と私生活の区別がつきにくい自営業の一家にとって、だんらんの時だった。 借金については一切、家族に話さなかった。 死後、残された書類や業者の話から、商工ローン二社からの借金が三千万円に上ることが分かった。遺書通り、それは保証人の母が完済し、英雄は工務店を継いだ。事務所を移転し、社名も変えた。支えていたのは父への思慕ではなく、怒りだった。 自分あての遺書には、仕事の取引先がリストアップしてあった。「何のつもりや、ふざけんな。なに勝手に死んでんねん」。そんな思いだった。 まさか、自分も父と同じ苦しみに陥るとは、その時は考えもしなかった。(敬称略)
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