尼崎JR脱線1年 再発防止への取り組み

2006/04/24

 「鉄道は安全な乗り物」―。信楽高原鉄道、営団地下鉄(当時)日比谷線など、多くの死傷者を出す事故が繰り返されながらも、“神話”は保たれてきた。しかし、「(社会全体の)安全に対する意識が少し弱くなっていた」(北側一雄国土交通相)とき、死者百七人、重軽傷者五百人以上という尼崎JR脱線事故が発生し、安全神話は崩壊した。これを機に今春、改正鉄道事業法が成立。十月にも施行される。事故原因究明を担う国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(事故調委)の体制も強化された。鉄道の信頼回復のための取り組みを検証する。(東京支社 山路 進)

安全神話取り戻せ

改正鉄道事業法施行へ
監督責任を明確化

◇現場任せ

 四十二人が死亡、六百人以上が重軽傷を負った信楽高原鉄道(SKR)列車事故=一九九一年=や、五人が死亡した営団地下鉄(当時)日比谷線脱線衝突事故=二〇〇〇年=など、鉄道の大事故は続いてきた。

 信楽事故ではSKR側の信号担当者ら三人は有罪判決を受けたが、衝突したJR西日本側運転士や幹部らは起訴すらされなかった。日比谷線事故に至っては、保線担当者ら五人が書類送検されたものの、「複合要因による脱線で予見は困難」として不起訴。幹部らは「現場から報告を受ける立場になかった」として一切責任を追及されなかった。

 しかし、事故のたびに「現場だけの責任ではない」といった声は絶えず、法の不備が指摘されてきた。

◇管理者の設置

 改正法の施行に伴い、各事業者は安全への取り組みなどをまとめた「安全管理規程」を作る。社内全体の安全情報を集約し改善を促す「安全統括管理者」を役員から選任し、運転や施設など部門ごとに安全の責任者の設置を義務化される。社内の安全管理体制を整え、規程に明記しなければならない。安全統括管理者らに職務怠慢などがあった場合、国土交通大臣が事業者に解任を命令できる権限も加わった。

 これらすべてが同省への届け出を要し、自ら作った規程に違反すれば同省の監査対象となる。

 さらに、改善命令に従わなかった際の罰金も百万円以下から一億円以下に引き上げられた。

 改正法は、事故は現場だけの問題とはいえない―と規定した。運転士による事故と断定されれば、運転責任者、安全統括責任者の監督責任が追及されるようになる。

◇利用者の目

 二〇〇七年度から、事業者は、事故やインシデント(事故に至らないが危険な事態)、安全への取り組みをまとめた「安全報告書」を公表する。その情報に基づき、利用者が利用する鉄道を選択できるようにする考えだ。

 しかし、国交省は、今後作成する省令で情報の公開基準を設けない方針という。「情報の公開基準をどれだけ細かいものにまで広げるか。各社でしのぎを削ってもらいたい」としている。

 事業者が安全やサービスのマイナス面をどれだけ公開するだろうか。利用者の監視の目も求められている。

 

事故調委が体制強化
調査官の技術向上へ

 国土交通省は四月、同省航空・鉄道事故調査委員会(事故調委)の鉄道事故調査官を七人増員した。鉄道事故調査部門を二チームに再編するなど組織体制を強化。二〇〇一年の航空事故調委からの改組以来、初めて死者百人を超えた尼崎の事故は事故調委に、調査の充実や情報公開など多くの課題を突きつけた。

 二〇〇六年度予算で、事故調委は前年度比一・六倍の約一億五千万円を獲得。調査官の技術向上研修や事故データベースの充実など調査を支援する企画調整課や、広報専従の広報対策官も新設した。

 しかし、調査経過の説明会開催を求める遺族らの声には「未確定な情報の公開は難しい」と否定的。「報告書に基づき説明責任を果たしたい」とするにとどまった。

 今年三月、改正航空・鉄道事故調査委員会設置法が成立。昨年夏から進めている死亡した運転士の心理分析に加え、調査項目にサバイバルファクター(被害原因)の究明が加わる。理工系の調査が中心だった事故調委の中には「科学的に定義されていないことを、どうまとめればいいか」との声もある。

 一方、関西大学の安部誠治教授は、「ヒヤり、ハッとした体験など、インシデントの分析も必要」と指摘する。米国ではNASA(航空宇宙局)が、パイロットや管制官らから直接、体験したインシデント情報を集める。便名などは伏せて個人を特定せず、潜在する危険だけを分析し、多くのシステムが改善されているという。

 安部教授は「事業者では労務管理に使われる恐れから、十分な情報収集は無理だ」とし、「事故調委の再強化や国の研究機関の活用、第三者機関の新設を含め検討が必要」と未然防止調査の不備を懸念している。

 

研究機関が試み
危険性を数量化し評価

 鉄道の安全性を定量化して評価する試みが、研究機関で始まっている。

 全国の鉄道事故件数や事故死者数をみると、三十年前と比べ大幅に減っているが、最近はほぼ横ばい状態だ=図。人口減少時代に入り、運輸収入増の見通しが立たない中、鉄道事業者にとっては、どう効率的に安全投資を行うか―が、大きな課題になっている。

 安全投資の優先順位を見極めることが、安全性の定量的評価の目的だ。

 その方法は、ハードの故障やヒューマンエラー(人為的なミス)、環境要因など鉄道システムに危害を与える危険性を分析、数量化し、改善すべき問題点を洗い出す。原子力や航空産業では定着した手法だ。

 交通安全環境研究所の松本陽・主幹研究員は「効率的で欠点の少ないシステムを開発するのにも役立つ」と話す。鉄道は、無線や衛星など新技術を取り入れながら進化しており、「安全評価の重要性は今後ますます高まる」とみる。

 信号システムの評価に取り組む鉄道総合技術研究所の平尾裕司・信号通信技術研究部長も、「事故を完全に無くすのは無理で、いかに危険性を下げるか、というのが最近の考え方」とし、「事故のたびに対症療法的な対策をとるのではなく、システムの設計段階から安全評価の知見を取り入れるべき」と強調する。

 JR西日本も、六月に設置する安全研究所の研究課題として、安全評価を挙げている。

桐蔭横浜大 郷原信郎教授に聞く

組織的要因踏み込みを

 事故はなぜ、だれの責任で起きたのか―。遺族をはじめ多くの人たちが関心を寄せる。一方で、「責任追及のあまり、関係者が口を閉ざすようになると、原因究明や防止対策づくりが困難になる」との指摘がある。原因解明と責任追及の関係について、民間の「事故防止のための法制度研究会」の取りまとめ役を務めた桐蔭横浜大学の郷原信郎教授(経済刑法)に聞いた。

 ―原因究明と責任追及の現行制度をどうみるか。

 業務上過失致死罪をはじめ、刑法は個人の処罰が対象で法人などの組織自体は処罰できない。組織活動に伴う事故の原因は複雑で、個人の責任に単純化することには限界がある。原因究明ではヒューマンエラー(人為的なミス)や組織的な要因に踏み込んで調査されてこなかった。

 ―個人の責任追及にどんな意味があるのか。

 刑法による処罰が事故発生の抑止力になっているという考え方もあるが、一方で原因の究明を妨げているのも事実だ。

 ―米国のように過失犯を処罰せず、事故調査を優先できないのか。

 客観的真実の究明にこだわる日本の刑事司法と、刑事処罰も社会的利益実現のための一つの手段と割り切る米国との間では考え方が違う。

 ―どういった制度をつくるべきなのか。

 個人の過失のみを追及することには限界がある。加害企業への高額の制裁的な課徴金導入も一案だ。そのためには、事故調委の組織を充実させ独立性を持たせる必要がある。ただ、制度だけ整えても、市民の側でサポートしていかなければうまく機能しない。事故防止についてどのような問題があるのかを市民が認識し、具体的な議論を重ねていくことが重要だ。

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