医療費の伸びが止まらない。2007年度は前年度比3・0%増の34兆1360億円。ここ25年で倍以上になり、国は医療政策を治療から予防へとかじを切った。
08年4月に始まった内臓脂肪型肥満(メタボリック症候群)を予防するための特定健康診査、いわゆる「メタボ健診」はその象徴だ。生活習慣病を減らし、医療費の大幅削減につなげたいという思惑がにじむ。
壮大な試みに対し、甲南大学の後藤励(れい)准教授(37)=医療経済学=の見方は当初から「否」だ。
「予防医療で健康寿命が長くなること自体は結構だが、健康意識が高まることで受診が増え、医療費が上がる可能性もある。そもそも予防医療は効果があるかどうかも分からない」
需要と供給、費用と効果といった経済の物差しで医療を分析するのが医療経済学。メタボ健診を例に取れば、腹回りを絞ることで罹患(りかん)率や死亡率がどれだけ下がるのか、因果関係は未解明だ。となると、国が定める腹回りの基準値も根拠が揺らぐ。
「今後も医療費の自然増は避けられない。現実を踏まえ、効果的なものに重点配分すべき」と内科医でもある後藤准教授は指摘する。
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そもそも、医療費を押し上げる要因は何か。
誰もが思い浮かべるのが長寿だろう。実際、医療費に占める65歳以上の割合は52・0%、75歳以上に限れば29・6%(07年度)。確かに高齢化と医療費の伸びは軌を一にしている。
高齢になると体力や免疫力が低下し、病気にもなりやすい。だから医療費が増える―。そんな構図も医療経済学に照らすと、様相が変わってくる。
先進主要国のデータを分析した研究によると、医療費増大の主因は高齢化よりも、所得の増加という。
所得の多い層は、少ない層に比べ、健康への意識が高く受診に積極的という傾向が実証されている。ゆとりがあれば受診機会は増す。医療もサービスだからだ。
「医療費を押し上げるのは『高齢者』であっても、『高齢化』は大きな要因ではない」と後藤准教授は話す。
医療技術の進展も医療費増を招く。コンピューター断層撮影装置(CT)や磁気共鳴画像装置(MRI)を購入した医療機関は、巨額の購入費から積極的に稼働させるが、多くの病院が同じ行動をとると、国全体で費用がかさむからだ。
さらにその部分を診療報酬の改定などで抑制すると、病院収入が減り、経営者はさらにフル稼働させるという負の循環に陥りかねない。
「あれもこれもではなく、効果が確認できた施策に絞り込んでおけば、医療技術を安売りすることもない。当たり前のことだが、単に削減するのではなく、必要なところに医療費を集中させるシステムが必要だ。財政や年金と同様、医療費の問題にも即効薬はない」
例えば、医師不足の解決策としては、病院と診療所の機能分担をさらに明確にすることを提案する。「病院は本来入院するための施設。患者はかかりつけ医を持ち、無駄な受診は避けて医師への負担を減らすべきだ」
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一方を追求すると、他方が犠牲になる。経済用語で「トレードオフ」と呼ばれる問題だ。医療も同様で、充実した診療体制の維持には保険料などの費用の問題は避けて通れない。
参院選の医療関連マニフェストでは「地域の医師不足の解消」「がんの予防・検診体制の強化・勤務医の処遇改善」などの政策が目を引く。
「マニフェストにもトレードオフがある。負の影響があるかもしれないが、それを上回るメリットがあるといった具体的な問題提起をすべき」と後藤准教授は話した。
何かを選択することは何かを捨てること。有権者には選ぶ「覚悟」が求められる。
(黒川裕生)
(2010/06/24)
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