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オキナワの青年 特定失踪者を追う第2部

(10)先送り前世紀のつけ悲しみ深く

克巳さんの生家は、克巳さんが内地へ出た後、建て直されたが、空き家になっている=沖縄県中城村

克巳さんの生家は、克巳さんが内地へ出た後、建て直されたが、空き家になっている=沖縄県中城村

 西宮市で失踪(しっそう)した仲村克巳(かつみ)さん=当時(26)=の不在は、今年で三十九年になる。

 「行方不明はたくさんいるし、事件を起こすか、死んでしまわないと分からない」

 妹の和子さん(61)は一九六九年十月、捜索願を出した西宮署で聞いた言葉に、うなずかざるを得なかった。点検を促された身元不明の死体の写真は、束の厚さが十センチもあった。眠れない夜を過ごした。

 母、キクさんは急に髪が真っ白になった。父の亀永(きえい)さんと沖縄の警察に何度も足を運んだ。下の妹、栄子さん(59)は母の悲しみをいつも感じた。「兄のことには触れないようにし、にこにこしていても、本心から笑えていなかった」

 亀永さんは七五年、キクさんは二〇〇三年に亡くなった。

 和子さんも栄子さんも結婚し、沖縄で暮らしている。

 栄子さんは、ユタ(民間の巫女(みこ))に伺いを立てたことがある。「あの世にいるご両親は『知らない』と言っているから、克巳さんは死んでいない」と告げられた。新月と満月の日には願いがかなうといい、兄との再会を祈る。

 「日本にいるなら連絡があるはず」という和子さんが、ふと漏らした。「北朝鮮にいることが希望です。元気でいてくれたら…」

 特定失踪者問題調査会は十日、発足五年を迎えた。拉致の疑いを排除できないとする「特定失踪者」は、克巳さんを含め約四百七十人に上る。一人一人、事情は異なる。

 五年前、特定失踪者の名簿公表にあたり、同会代表の荒木和博さん(51)は「広く情報を集め、拉致でない事案をつぶす必要がある」と言い添えた。しかし、注目されるのは、拉致か否か、だ。北朝鮮の関与を示す形跡がない大半の特定失踪者の報道は、潮が引くように減った。克巳さんについて、私たちも〇三年二月の公表時に記事にしたきりだった。

 それでいいのか―という違和感が、企画「足元の迷宮」の出発点となった。拉致の可能性の濃淡にかかわらず、家族の悲しみは深い。

 現段階で、私たちは克巳さんの行方をつかめなかった。拉致の可能性は低いと見ているが、それも断定はできない。事実に近づき、伝えることが失踪者の発見につながると信じ、取材を続けたい。

 沖縄を旅立った克巳さんの足跡は、千六百度の溶鋼の熱気が渦巻く製鉄所で始まり、防寒着を着て働く冷蔵庫の中で途切れた。高度成長期に汗した青年の消息に、私たちは無関心だった。

 克巳さんが働いた尼崎市の臨海部では、百年かけて自然の回復と新産業の創造を図る「二十一世紀の森構想」が進む。前世紀には黒く濁り腐臭を漂わせた運河の水が、今は澄んでいる。製鉄所跡の水辺を歩きながら考えた。

 解決を前世紀から先送りされた「特定失踪者」に、どう向き合えばいいのだろうか。

 第3部でも、高度成長期の特定失踪者たちの姿を探ってみたい。

第2部おわり
(企画報道班)

(2008/01/11)

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