土木作業員3人が犠牲となった土砂崩落現場。ふもとの民家は立ち入り禁止が続く=いずれも宮城県栗原市花山 |
仮設住宅には、神戸から届いた七夕飾りがあった |
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死者17人・行方不明者6人を出した岩手・宮城内陸地震は14日で発生から丸2年となる。岩手、宮城両県で177世帯490人に出された避難勧告・指示は、宮城県栗原市の1世帯を除き解除されたが、同市と岩手県奥州市、一関市の計46世帯128人が仮設住宅などでの生活を強いられている。災害復旧工事が進む山里は新緑がまぶしく、丹波や但馬の風景とも似ている。だが、集落の再建や観光産業の回復は道半ば。再起を目指す被災地を訪ねた。(災害特報班・安藤文暁)
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震源地にほど近い栗原市の花山地区。農業や観光が主な産業で、すぐ北の耕英地区と並んで最も被害が大きかった。大動脈の国道398号沿いには山崩れの跡が点在し、土木作業員3人が亡くなった工事現場は、山肌が甲子園球場の約2・5個分(3・5ヘクタール)にわたってむき出しになっていた。
すれ違うのは工事車両ばかり。秋田県境で警備員に止められた。橋の復旧工事中で、「秋田に抜けられるのは早くても秋。北の栗駒山方面への立ち入りはめどがついていません」と教えられた。
橋のふもとに閉鎖中の温泉旅館が見える。別の温泉旅館は土砂崩れでできた天然ダムに沈み、案内の看板だけが残る。秋田県にまがたるその先では、釣り人や山菜採りの夫婦ら6人が消息を絶ったままだ。場所の特定が難航する中、8月、捜索が再開される。
花山地区のダム湖畔にある仮設住宅を訪ねた。今も16世帯41人が暮らす。入居は原則2年で、退去期限は7月に迫る。
自宅が全壊した飲食店従業員の菅原きみ子さん(53)は「田んぼや庭が地割れして修理の毎日。住居の着工は7月から。仮設を出ても行き場がない」と困惑する。一方、避難指示が解除されず、特例で仮設に住み続けることになった無職三浦シガ子さん(73)は「取り残されるなんて嫌。集落の皆と里に戻りたい」と涙を流した。
留守宅の郵便受けには、季節はずれの七夕飾りがあった。「マイペースでいきましょう」などと書かれた短冊に「神戸より」とある。隣の高齢者生活福祉センターに入ると、神戸のボランティアが送ったヒマワリの種を見せられた。花を栽培し、採れた種を別の被災地に届けているという。
「小中学校を中心に広まってます」と職員の女性。「阪神・淡路の被災地から受け取った前向きな気持ちをつなぎたい」と話した。
再建をあきらめ、集落を去った被災者も少なくない。世帯数が3分の1に減った集落もあった。
同地区復興グループ事務局長の伊藤広司さん(62)が説明してくれた。「地区には高齢の独居世帯が多い。被災して地区外の家族と同居したり、建設中の復興住宅に移転したりするようだ」。震災は働く場がなく、若者が流出した過疎地の課題を突き付けた。
柱が傾いた数々の空き家を眺めながら、「先祖代々の家を手放したい人なんていない」と語った伊藤さんの言葉が重たく響いた。
<岩手・宮城内陸地震>
2008年6月14日午前8時43分ごろ、岩手県内陸南部を震源地に起きたマグニチュード(M)7・2の直下型地震。岩手県奥州市と宮城県栗原市で震度6強を記録したほか、北海道から関東、中部までの広い地方で揺れを観測した。震源地に近い栗駒山で大規模な土砂崩れが起きたほか、土砂が河川をふさぐ天然ダムも発生した。栗原市の駒の湯温泉が土砂に押し流されるなど死者17人、不明者6人を出した。
(2010/06/14)
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