(04/01/15)
震災9年 被災者追跡アンケート

 阪神・淡路大震災から九年を前に、神戸新聞社は、震災二年から定点調査を続けている神戸市内の激甚被災地二地区の計五百世帯を対象に、「被災者追跡アンケート」を実施した。その結果、「震災前に住んでいた地域にすでに戻っている」と答えたのは持ち家層で79%、借家層では57%。復興土地区画整理事業が終盤となり、被災者の住まいはほぼ定まったが、借家層は四割以上が住み慣れた地域を離れた結果となった。

「震災前の住居地に戻れた」 借家層6割で頭打ち

 調査は昨年十一月に実施。震災で約九割の家屋が全壊・全焼した神戸市須磨区の千歳地区、二百五十九人が犠牲となった東灘区の深江地区の計五百世帯にアンケートを送付した。回収率は37%。

 地域に戻っている世帯は、震災二年の時点では持ち家層で44%、借家層で29%だった。その後いったん伸びたが、最近はほとんど動いていない。

 以前の調査で多かった「戻るめどが立っていない」「分からない」の回答はわずか。震災九年近くを経て、被災者の仮住まい生活はほぼ終わったとみられるが、結局、戻れなかった人が少なくなかった。

 戻れない理由について、持ち家層は「資金不足」「高齢」、借家層は「家主が再建しない」「今住んでいる地域に慣れた」などが目立った。

増える失業、支援訴える声
 年月を経ても被災者の前に立ちはだかる現実は厳しい。震災前に住んでいた地域に戻ることの限界。失業や休廃業は増え、収入は減り続ける。調査に寄せられた声の端々には無念さがにじむ。一方で将来の地震への備え、暮らしの再建を支えるための公的な仕組みの必要性を訴える切実な声が寄せられた。数多く浮かび上がる教訓。語り継いでいかなければならない問題が多いことをあらためて感じさせる。(石崎勝伸)
震災前の地域に戻れたか
千歳と深江 地域間の格差くっきり

 回答者の97%が震災で住まいに何らかの被害を受け、「全壊」「全焼」は計76%。震災当時、住宅(分譲マンションを含む)を所有していたのは68%だった。

 震災前に住んでいた地域に戻ることができた住民は、持ち家層と借家層で大きな差が出る結果となったが、同じ激甚被災地でも深江地区と、火災で地域の大部分が焼失して区画整理事業が進められた千歳地区との間では明らかな違いがあった。

 持ち家層では、深江地区は「すでに戻った」が95%に対し、千歳地区は61%。借家層では、深江地区は91%だが、千歳地区はわずか32%だった。

 千歳地区では区画整理に伴い、借家に住んでいた人たちのための「受け皿住宅」も建設された。しかし、入居戸数は限られ、元の地域に戻ることを断念する借家層は少なくなかった。

 戻れない、戻らない理由(複数回答)では、持ち家層は「資金不足」「高齢」がともに55%で圧倒的に多かった。借家層では「今住んでいる地域に慣れた」「家主が再建しない」がともに31%、「権利関係が複雑」「復興土地区画整理事業の遅れ」がともに25%と、自分だけではどうしようもない外的要因が目立った。

震災後の仕事の変化
「以前と同じ勤め先」はわずか45%

 自営業者の83%は店舗や事業所が全壊、全焼した。約六割が本格的に再開しているが、震災後に廃業と、いったん再開後に休・廃業は計18%。さらに、転業や転職を加えると、三割近くの人が仕事の変化を迫られ、震災とその後の景気低迷の影響の大きさがうかがえる。また、11%が今も仮設の店舗や事業所で営業を続けていた。

 一方、会社員とパート・アルバイトの17%が震災後に失業を経験していた。いったん再就職した後、再び失業した人も全体の3%で、不況が影を落とす。このほか、転職が5%、定年退職が26%で、震災前と同じ職場に勤めているのは半数に満たない。

震災前との収入の変化
「主に年金頼り」の世帯37%に

 震災前と比べて収入が「減った」の回答は全体の69%を占め、一年前に比べて5ポイントの増加となった。このうち「半分近く減少」「半分以下」と答えた世帯は、合わせて46%に上った。

 職業別では、自営業者の場合、「半分近く減少」「半分以下」は震災二年で50%、同五年で68%、今回は74%と、年々悪化している。千歳地区に多いケミカルシューズ関連の自営業者はとりわけ厳しく、すべての世帯が「半分近く減」「半分以下」と回答。震災の被害に加え、海外からの輸入品の増加などで苦しい状況が続いている。

 一方、会社員とパート・アルバイトはこれまで、自営業者に比べれば収入は安定しており、「半分近く減」「半分以下」の割合は震災二年で11%、同五年で8%だった。しかし、今回は43%に上り、急激に悪化。長引く不況の影響が暮らしを直撃している状況が浮き彫りになった。また、震災から九年近くが過ぎ、回答者の66%が六十歳以上に。主な収入を年金に頼る世帯は震災時に18%だったが、今回は二倍以上の37%に増えた。

地震への備えは
10人に1人「対策なし」

 近い将来、兵庫県内にも大きな被害を及ぼす南海地震、山崎断層地震の発生が予想されている。震災で被害の大きかった地域の住民がどんな備えに取り組んでいるかについて、複数回答で選んでもらった。

 最も多かったのは「懐中電灯の用意」の81%で、「携帯ラジオ・テレビの用意」(62%)「寝る場所を二階以上にしたり、周りに物を置かないようにしている」(30%)が続いた。地震保険や共済については21%が「加入している」と回答した。

 ただ、「特に対策はしていない」の答えも11%あり、被災地でも災害への備えには不安が残る結果となった。

住宅再建支援制度は必要か
支給対象拡大の要望根強く

 自然災害による被災住宅の再建支援制度は、震災を教訓に、必要性が叫ばれてきた。昨年十二月には国の二〇〇四年度予算案の復活折衝で、建て替えや補修にかかる解体・撤去費用などに最高二百万円を支給する「居住安定支援制度」の創設が決まった。しかし、同制度は住宅本体の建築費は対象とならず、兵庫県は独自に住宅共済制度の研究を続けている。

 住宅再建支援制度については、これまで停滞していた議論が昨年になって進み始めたのを反映し、今回の調査では「(制度が)必要」の回答が88%に上り、一年前に比べて約一割増えた。これに対し、「住宅再建は自分の努力で行うべきで不要」は7%にとどまった。

 また、住宅再建支援制度を「必要」とした世帯のうち、56%が「賃貸住宅、店舗・事業所とも支給対象に含めるべき」と回答したが、居住安定支援制度では、とりわけ自営業者から要望が強かった店舗・事業所は対象外となった。

〈居住安定支援制度〉 被災住宅の再建を支援するため、国の2004年度予算案で認められた制度。内閣府は4月の制度スタートを目指す。
 対象経費は、自宅の建て替えや補修にかかる解体・撤去・整地費▽ローン利子・保証料▽民間賃貸住宅に一時入居する場合の家賃補助▽住宅取得、補修にかかる手数料―など。住宅本体の建築費は対象から外された。
 支給対象世帯と上限額は、自宅が全壊(または全部解体)し、再建、住宅を取得する世帯は200万円▽自宅が大規模半壊し、補修する世帯に100万円▽自宅(賃貸住宅を含む)が全壊か大規模半壊し、民間賃貸住宅に入居する世帯に50万円―などとなった。
 年収800万円を超える世帯は対象外、500万円を超える世帯は限度額の2分の1で世帯主の年齢によっても支給制限がある。阪神・淡路大震災は対象とならない。

<ひとこと>

○まち・すまい○ 環境になじめず/震災後の転居6回 

 「いざというときに互いに助け合う、という当たり前の行動がとれる地域の結束を、大事にしていかねば」(須磨区・30代男性)
 「復興は表通りはよくなっているが、裏へ行けば、まだまだ元に戻っていない地域が多い」(須磨区・60代男性)
 「空き地が多くなり、そこで資本を持っている神戸以外の店が商売を始め、既存の小売業者がつぶれていっている」(須磨区・60代男性)
 「周りで新しいマンションがどんどん建設され、子どもの数が増えた。保育所や幼稚園の数が不足している。安心して子育てのできる環境を」(東灘区・40代男性ほか)
 「震災前に住んでいた場所とは雰囲気が違い、環境になじめず、元の地域の人たちとの交流を懐かしく思う」(須磨区・70歳以上女性)
 「まちの様子がすっかり変わった今、自治会で催しを考え、参加を呼び掛けても厳しい。地域のコミュニケーションの必要性を体験した者として、とても心配している」(東灘区・60代女性)
 「今66歳だが、もし10年後に地震でマンションが倒壊したら、建て替えの資力も気力もない。老人ホームの拡充や、75歳ぐらいまでは過去の経験を生かした仕事ができるような方策を望む」(東灘区・男性)
 「市営、県営住宅はなかなか抽選に当たらない。民間賃貸住宅は家賃が高く、今住んでいるのは築40年の古い住宅。南海地震などが起きることを考えると、不安の毎日」(東灘区・40代女性)
 「震災後、住まいを6回変わった」(須磨区・60代女性)

○9年の思い○ 傷まだ痛む/人間って強いな

 「震災の傷はまだ痛む。同じ思いの人は多いはず」(須磨区・60代女性)<P> 「神戸に帰りたい、でも帰れないと心のどこかで思うことがある」(須磨区から和歌山県に転居・60代男性)
 「主人が病気で亡くなった。家は建てたが、心はとても寂しい」(須磨区・60代女性)
 「この9年間に父と母が亡くなった。どうしても震災のせいにしてしまう自分がいる」(須磨区から加古川市へ転居・40代女性)
 「家と店の両方を失ったショックからか、震災後、母の痴ほうが急速に進んだように思う」(須磨区・60代女性)
 「西に沈む夕日を眺めながら、懐かしい神戸を思い浮かべている」(東灘区から川西市へ転居・70歳以上女性)
 「自分も含め、人間って強いなと思う」(東灘区・50代女性)
 「震災直後から、しばらくは誰もが優しく、親切だった。時間に追いかけられない日々だったと思う」(東灘区・60代男性)

○仕事・収入○ 不景気で…/不安でいっぱい

 「ケミカルシューズの仕事をしているが、収入は200万円以下。生活は苦しくなるばかり」(須磨区・60代女性)
 「不景気で毎日の売り上げもなく、家も建たず、人も帰ってこない。商売をしている人は口をそろえて『暇ですね』の連発です」(須磨区・50代女性)
 「長男が経営する会社の資金繰りが震災で悪化し、倒産に追い込まれた。震災前の明るい家庭を取り戻せるよう、全員で頑張っている」(東灘区・70歳以上男性)
 「震災後に借りた災害援護資金の返済がしんどい」(須磨区・70歳以上男性)
 「今も二重ローンの支払いに追われている。主人はもうすぐ65歳になるが、まだ15年ぐらいローンを支払わなくてはならない。仕事は以前の3分の1になり、不安でいっぱい」(東灘区・60代女性)

○教訓・備え○ 10年の検証しっかり/伝えるべきことある

 「行政の震災10年の復興と検証は表面だけで終わらせてもらいたくない」(須磨区・70歳以上男性)
 「日々の生活の中で、震災が忘却のかなたのものになろうとしている。絶対に忘れてはいけないこと、伝えるべきことがある。自戒を込めて」(東灘区、60代男性)
 「生きているうちはもう地震はないと思う」(東灘区・60代男性ほか)
 「資金不足で特に地震対策はしていない」(東灘区・60代男性)
 「妻がたんすの下敷きになった。食器棚などの転倒防止をした」(東灘区・70歳以上男性)
 「あの日の出来事が自分でだんだんと薄らいでくることが、一番怖い」(東灘区・40代女性)

○公的支援○ 一生懸命頑張っている/住民に手厚く

 「住宅再建支援制度は過去の災害でも、高齢で住宅を再建できない被災者には支給するべきだ」(須磨区・50代女性)
 「国、自治体はインフラ復興整備も大事だが、住民の手厚い救済を忘れてはいないか」(須磨区から垂水区へ転居・70歳以上男性)
 「納税者に対し、もっと優遇措置をとってほしい。大きな声も出さず、一生懸命頑張っている者がいることを覚えておいてほしい」(東灘区・50代男性)
 「国は国民の生命、財産を守るとされるが、具体的に被害に遭ったときに示してほしい」(東灘区・60代男性)
 「一部損壊の判定だったが、再建に費やしたお金は500万円以上。しかし、支援を頂いたのは水と少しの食料だけ」(東灘区・50代女性)
 「震災後に相当額の支給があれば、表面上の復興ではなく、神戸をどれほど潤せただろう」(東灘区・70歳以上男性)
 「震災前に同じ区域に住んでいた人のうち、3―4割は戻っていない。やはり経済的な要因が多い。住宅再建支援制度は不可欠で、震災の教訓を生かしてほしい」(東灘区・40代男性)

 アンケート概要 

 神戸市内の激甚被災地2地区で、震災2年の時点から毎年続けている定点調査。復興土地区画整理事業対象地域の須磨区・千歳地区と、同市の重点復興地域の一つである東灘区・深江地区の2カ所で行っている。

 今回は、これまでのアンケートの回答者を中心に、震災時に両地区に住んでいたが、その後転居した世帯を含め計500世帯に調査用紙を郵送。住まいや収入、仕事の変化など継続的に調査している項目のほか、将来の地震への備えや住宅再建支援制度の必要性などの質問を加えた。

 須磨区東部の千歳地区はケミカルシューズ関連の町工場や民家、飲食店が密集していた地域。地震後に発生した火災の被害もあり、9割の世帯が全焼または全壊した。区画整理の仮換地指定率は88%(03年12月末現在)。ただし、残りのほとんどは市有地の仮換地の手続き待ちで、民有地の指定率は99%に達している。

 深江地区は東灘区南部の住宅地。震災では4割以上が全半壊の被害を受け、259人が亡くなった。震災後はマンションなどの増加が著しい。

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