![]() |
|
|
|
|
防災研究者 重川 希志依さん
|
|
|
高度経済成長時代から、日本では、従来の農村型社会では考えられなかったような複合的被害をもたらす「都市災害」が起き始めた。地震で高層アパートが倒れたり、橋が落ちたりする。一九七八年の宮城県沖地震では「ライフライン災害」という言葉も生まれた。新しいタイプの災害への備えが必要になった。 しかし、日本の防災は土木や理学の分野が中心。都市と人間を組み合わせた視点で災害を考える学問はなかった。阪神大震災で初めて、ハード中心の対策から、被災者支援というソフトへと本格的に目が向けられるようになった。 防災研究者には、過去の経験に頼った思い込みがあった。教訓をどう伝え、生かしていくか。その作業はこれからだと思う。
例えば、病院。普通、災害直後といえばだれもが阿鼻(あび)叫喚の世界を思い浮かべる。ところが、話を聞くと、病院は異様なくらい静かだった。患者も家族も医師も、亡くなった人が寝かされている廊下を黙々と歩いていく。しかも、来たのは死者か軽傷者ばかり。従来の防災計画にある「重傷者が次々に運び込まれる」という想定とは違った。阪神のような大災害では、人は「生きるか死ぬか」で、生死の境界線にある人は意外に少ないと感じた。
被災地の人々に話を聞いて分かったのは、家族を亡くしたり大けがをしたり、本当に痛い思いをした人は、まだ何も語っていないということ。本当に震災の教訓を発信できる人は、つらすぎて今も語れないでいる。そういう人が乗り越えてきた道のりを、私たちは教訓として生かしていかなければならない。その作業は、これからようやく始まる。 * * * * * * * * |
|
|
しげかわ・きしえ 1957年、東京都生まれ。財団法人都市防災研究所研究部長。東京理科大理工学部卒業後、81年に同研究所入所。昨年から現職。 |
|
|
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ 「先入観を捨て」 研究所の棚には、過去何十年をさかのぼる災害の復興誌、報告書がびっしりと並んでいた。古い資料は、古本屋をこまめに回って集めるという。 しかし、多くの資料がそうであるように、紙の上の文字からは本当の災害の姿は伝わってこない。重川さんが言うとおり、災害はその空間の中に身を置いて初めて分かるのだと思う。 重川さんはこの四年あまり「数え切れないほど」被災地を訪ね、何百という人々に話を聞いた。最初に被災地を見た時、これまでの仕事の枠はご破算にして、伝えたいこと、残したいことを一つひとつ集め続けようと心に決めたという。 その作業を通して、「行政ではなく、被災者自身が被災者を見捨てる出来事が多くあった」と見る。避難所での高齢者の冷遇。仮設住宅に対する差別。行政はあてにならないと身をもって感じたはずなのに、自分たちの安全を自分たちで守るという意識が薄いのではないか―と問われた。 従来の構図では解決できない課題が押し寄せている日本社会。 まず先入観を捨て、次代への教訓を残す。その大切さを教わった。 記事・磯辺 康子 | |
|
|
|