子どもの1割今もPTSD/震災3年心の傷 進む深刻化、複雑化
阪神・淡路大震災で被災した子どもたちが受けた精神的な影響は、この三年間でかなり回復したが、今もなお一割の児童・生徒がPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんでいることが、京都医療少年院の菅原圭悟医師ら京都、姫路市などの精神科医、臨床心理士グループによる調査で明らかになった。世界の大規模地震の際に用いられている国際的な調査手法を用いた日本初の調査で、一部の子どもたちは、心の傷が一段と深刻化していることも分かった。
調査は地震が起きた一九九五年十二月と昨年十二月の二回実施。初回は淡路・津名郡と神戸市西、北、東灘区で小、中、高校生二百九十七人を対象にし、比較のため京都市内でも百九十一人に同じ調査を行った。二回目は東灘区だけで百七十四人を調査した。
菅原医師らが採用したのは、米国で子ども用のPTSDテストとして設けられた「CPTSD―RI」。精神科医と臨床心理士が学校に出向いて面接し、PTSDと個々の被災体験との関連を調べる独自のアンケートも併せて実施した。
その結果、最初の調査では、被災地の児童・生徒の二五%がPTSDとされたが、昨年末の調査では一〇%に減少した。
米国の研究では平常時でも一―八%にPTSDがみられ、京都市内での調査でも八%の子どもに症状が確認された。神戸の児童・生徒は今もそれよりやや高いが、三年間で着実に回復したことをうかがわせている。
半面、今もPTSDに苦しむ児童・生徒の心の傷は深刻化、複雑化している。
最初の調査では、家族や親しい友人の死亡、負傷とPTSDの重症度に、明確な関連性はみられなかった。ところが、昨年末の調査では、肉親や友人の死が強く影響してきており、「家に閉じ込められた」など、震災直後の自身の被災体験と重なり、大きなストレスになっていることが分かった。
菅原医師は「地震直後は激しいショックでよく認識できなかった心の傷が、一部の子どもの場合、時間がたつにつれて痛みを増している。今後、遅発性PTSDの発症や不登校、非行につながる恐れもあり、専門機関への早期の相談が大切」としている。
このほか、初回の調査では被害が比較的軽微だった西、北区でも、PTSDの表れ方に東灘区や津名郡と差がない―との結果も出た。
菅原医師らは「郊外の両区が避難先や救援拠点になったり、被災した肉親や知人を自宅に受け入れるなどの体験が、物理的な被害を超え、"心理的な被災"として心の傷をもたらした」と分析している。
遅れて発症する場合も
震災から三年。都市の復興が進み、多くの子どもが心の傷から回復に歩み出す中で、なおもトラウマ(心的外傷)に苦しむ子どもたちがいる。PTSDなど、さまざまな心の傷に関する悩みで専門の相談機関を訪れる子どもたちは、今も後を絶たない。
神戸、西宮市など十六カ所で被災者の精神的ケアを行っている「心のケアセンター」では、相談件数は減る気配を見せない。同センターの精神科医・加藤寛さんは「震災直後の混乱が落ち着き、ホッとした時に、症状が表れることがある」という。
例えば、京都に疎開している中学生は、震災二周年のテレビ番組を見てから、学校に行けなくなった。被災地に住む十歳の小学生は、震災から一年以上もたってから、近所で火事を目撃したのがきっかけでPTSDが発症、火を怖がり、やはり不登校になった。
しかし、小学生の場合は早期に両親が医師に相談し、専門的な治療を受けたため、その後は回復に向かっているという。
神戸市児童相談所の井出浩主幹(精神科医)も「震災による心の傷についての相談は減っているが、震災時の心の疲れが、遅れて表れるケースがある。時間がたつにつれ、震災以外のストレスが心に影響することも考えられ、心身症状の原因追及は難しくなる」と話す。
今回の菅原医師らの調査では「被災地の児童・生徒の一割がPTSD」とされた。震災当時は、本人自身が直接受けたショックでよく認識できなかった肉親や友人の死が、実感を伴い始めたことも明らかになった。
災害から二、三年後にみられる遅発性PTSDの発症が心配されており、菅原医師は「PTSDに限らず、子どもの心の問題はさまざまな症状になって表れる可能性がある。今後も長期的なケアが必要」と警鐘を鳴らしている。
CPTSD―RI
子どもを対象にPTSDの重症度や頻度を判定するスクリーニングテスト。米国で開発され、旧ソ連のアルメニア地震や米国ロサンゼルスのノースリッジ地震など、世界各国の災害調査などに用いられている。「住居の損壊程度」「負傷の有無」「家族の安否」など二十項目の質問からなり、0―80ポイントでチェック。高いほど重症とされる。