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パンダが神戸にやって来る

(5)種の保存/心強い中国のバックアップ

 一九九八年七月、中国・北京の人民大会堂。笹山幸俊神戸市長は、中国共産党ナンバー4、政治協商会議主席の李瑞環さんに語りかけた。
 「ぜひ、神戸にパンダを貸してほしい。震災で傷ついた子どもたちに夢を与えたいんです」

 李さんは、神戸市が友好提携している天津市の元市長。笹山市長が助役時代からの友人だ。
 「積極的に努力しましょう」。李さんは即答した。  「慎重な党幹部がこんなに踏み込んだ発言をするのは珍しい」。中国共産党の側近も驚くほどの“電撃的”な会見だったが、当初、中国の野生動物保護協会の感触は厳しかった。
 「パンダの飼育は世界中の動物園の夢なんですよ」と、神戸市立王子動物園の飼育課長、安田伸二さん。今でも各国から引く手あまただ。

 一九八〇年代、世界各地のイベント会場で、パンダのレンタルがはやった。「客寄せパンダ」という言葉が生まれた。が、短期間のレンタルでは「種の保存」に悪影響がある。今では繁殖研究を目的にしたもの以外、貸し出しは原則的に禁止されている。
 「でも、神戸にパンダが来るのは自然な流れでもあるんです」と、同園の大久保建雄園長。
 神戸は、中国の港町・天津市と二十七年間も交流を続けている。八一年、博覧会「ポートピア81」にパンダをレンタルし、人気を集めた。

 王子動物園と天津動物園の動物交流も盛んだ。これまでにキリン、ヤマネコ、コウノトリなど四十種約百二十匹が交換されている。
 その目玉となったのが、パンダと並ぶ希少種のサル「キンシコウ」。孫悟空のモデルともいわれる。王子動物園は世界ではじめて中国外での繁殖に成功した。三匹の赤ちゃんが生まれ、二匹が中国に里帰りした。
 一匹は中国で名前を公募し、「曄曄(イェイイェイ)」と命名した。日中の懸け橋、との意味だ。

 キンシコウの世話をしていた安田さんは当時を振り返る。
 「首につかまったり、足にからみついたり離れようとしなかった。別れるのはつらかったなあ。でも、約束通り希少種の繁殖に成功しましたよ、と誇らしい気持ちだった」
 大成功となったキンシコウの共同飼育・繁殖研究(十年間)は残すところ二年。「次はパンダ」は、自然な成り行きというわけだ。

 受け入れ態勢も万全だ。  まず、主食となるササの確保。「ポートピア81」の時は、神戸市北区淡河町の竹林から調達した。
 しかし、今回は一日四十キロ、十年間で百四十六トンが必要となる。同園「パンダプロジェクト」のメンバーは何度も淡河町に足を運んで吟味し、農薬を散布しておらず、排ガスの汚染も少ない約千平方メートルを確保した。  同園の地元灘区の自治会や商店街は「パンダ委員会」を結成。JR灘駅から園までの道を「パンダストリート」と名づけたり、パンダ音頭を作るなど、歓迎ムードを盛り上げる。
 灘区まちづくり推進課の山口良一さんは「来園の本当の狙いは種の保存。パンダのいるまちを、環境問題の発信地にしたいんです」と期待する。

 同園はチンズー(雄・三歳)とスウァンスウァン(雌、四歳)の「日本名」を募っている。  すでに三百通を超える応募がある。神戸にちなんで「神神(シンシン)」や「港港(コウコウ)」が多いそうだ。公開前に正式に決定する。中国側の輸出手続きで四月下旬の予定だった来園が少し遅れているが、「六月中の公開は実現したい」と同園。
 いよいよパンダがやってくる。

 

(敬称略)

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(1)初対面/中国で知った本当の魅力
(2)飼育研修/フンと向き合い手引き作成
(3)恋の季節/神戸生まれの2世を期待
(4)希少動物/珍しさゆえ乱獲が激化
(5)種の保存/心強い中国のバックアップ

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食いしん坊のチンズー
恥ずかしがりやスウァンスウァン
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(掲載日:2000/5/4〜5/11)