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【1】特許レコード製作所(上)音盤の申し子・酒井欽三

 「特許レコード」―。何か大発明に基づく大変なレコードを連想させるが、単なる社名である。いかにも栄養が豊富なように思わせる「〇〇栄養食品」のようなもの、といわれてきた。

酒井欽三が出したレコード
(上)はクリストファ・N・野澤さん提供

 特許レコード製作所は、大正十四年十二月四日付「大阪毎日新聞」の広告に「世界的発明 踏んでも叩いても破れぬ専売特許 実用新案」として売り出したのが初お目見えである。
 「専売特許」「実用新案」と広告にうたい、「特許」を社名に冠した上、盤面にまで専売特許の文字を刻印しているものの真偽の程は分からなかった。が同社は真実”特許の鬼”であった。特許庁に残る資料をつぶさに当たると、大正末から昭和の初めにかけて音譜盤(レコード)部門の半数以上を同社が占める独り舞台。社名に偽りはなかった。

 同社については不審な点が多い。未完結ながら日本で初めて発行されたレコード史、山口亀之助著「レコード文化発達史」(昭和十一年四月)には「昭和十年ごろ大阪東区南久宝寺町で絵はがき商をしていた栗本小市(岐阜県生まれ、後に大阪府嘱託、勲八等受勲)から酒井欽三が経営を引き継ぐ」旨の記述がある。ところが、他の確実な資料によれば、特許レコードは、もともと酒井が設立した会社であることが分かる。

 というのは、レコード発売に先立つ一年以上前の大正十三年八月、金鳥印の「商標出願公告」のほか多数の特許も、すべて酒井本人の名前で出ているからである。
 酒井が、そもそもレコード界にかかわったのはかなり古く、特許レコードが初めてではない。日本国内にレコード会社がなかったころ、明治三十年代から、東京のしにせ天賞堂の大阪支店写声機部(写声機は円盤形蓄音器のことで、円筒形と区別するため明治末ごろまで使用)に勤め、同四十二年、洋楽レコード販売店「酒井公声堂」を大阪・心斎橋で設立。大正初期から自社盤として唱歌などを富士山印東京蓄にプレスを委託、「酒井公声堂制作」とレーベルに刷り込んで発売するようになった。

 大正十年ごろから、自社レーベル「蝶(ちょう=バタフライ)印肉声」と銘打ち、主として子供向けに小型の七インチ盤を発売。間もなく大阪・南久宝寺町の店内に「吹込場」を設けるとともに委託をやめ、自社制作に切り替えたとみられる。しかし長くは続かず、広告で見る限り十二年末で新譜がストップ。代わって、尼崎市に新会社「特許レコード製作所」を自ら設立、原盤をこちらに移した。

 ここでも疑問が残る。なぜ、わざわざ新会社を設立して乗り換える必要があったかである。酒井公声堂は昭和十年五月には、酒井公声堂蓄音器に改組と同時に中森熊太郎なる人物に経営を譲り、酒井は特許レコードに専念したことが昭和十五年版「レコード音楽技芸家銘鑑」(レコード世界社刊)などからうかがえる。

 特許レコードは、ボール紙を芯(しん)にした「軽く、割れず、安い」大衆的な演目のレコードとして一時代を築き、レコードファンの底辺を広げるのに一役買った。しかし、国内の全産業が戦時体制に組み込まれる数年前に解散を余儀なくされた。酒井が最後の力を注いだ特許レコードを手放した直後の様子がうかがえる貴重な資料が見つかった。

 「尼崎商工名鑑」(昭和十一年立春編)に載った日本児童レコード製作所という耳慣れない会社の広告である。「十年七月二十一日、特許レコードを買収、資本金五万円」と記され、新経営者は「代表者中村英一、支配人三浦右膳」。にもかかわらず同名鑑の本文には、依然として酒井の名が見えるという矛盾がある。

 特許レコードの権利が移転された時点と、同名鑑の編集時期が半年ほどに接近していた事実を考えると、どうも本文原稿の締め切り後に買収され、その記事の”訂正”を兼ねて広告が掲載されたとも思われる。「日本児童レコード」の製品がほとんど発見されていないことから、買収後程なく解散したのかもしれない。

 自ら興した酒井公声堂を他人に譲り、特許レコードに専念してわずか二カ月後に買収されるとは、日本のレコード界の歩みと歩を一にした酒井ほどの人物にしては、あまりにも寂しい幕切れであった。酒井のその後の消息が知れないのも悲しい。

     ◇

 日本初のレコード会社が東京に誕生してわずか二年後、追いかけるように二番目の会社が神戸に生まれた。その後の大正から昭和十数年にかけての関西は、数多くのレコード会社がひしめき、さながら”レコード王国”の観を呈していた。第7部は「レコード各社興亡秘話」と題して、これまで詳しく触れる機会があまりなかった、興っては消えていったマイナーレーベルを中心に、埋もれた足跡を掘り起こし、録音文化に果たした意義を考える。(山崎整記者)

(1999/01/09 文化面)

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