日々小論

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 名の知れた五輪選手のある恐怖心を、記事で読んだことがある。それは競技やライバルへの恐れではなかった。

 10代で挑んだ五輪はメダルの候補に名が挙がったが、届かなかった。選手はそのあと自分の名前をインターネットで検索していたという。コーチが話している。「期待にこたえられず、みんなにどう思われているか、怖かったのだろう」

 競技で精根尽き果てて、疲れた体でネットを見つめていた若者の背中を想像する。心ない言葉がもしあったなら…。大人でも耐えられない。

 「毒にも薬にもならない人畜無害の歌ばかり」。人気音楽グループ「いきものがかり」で多くのヒット曲を手がけてきた水野良樹さんは、これまで何度もそう言われたそうだ。

 でも…と、本紙に載ったエッセーで水野さんが述べていた。「何者も傷つけない無害の歌を書くなど、本来は途方もなく難しいことなのだ」。その言葉は踏み越えてはならない一線を越えてはいないか。触れてはならない誰かの傷をえぐってはないか。迷い、覚悟し、祈る思いで詩を書いている、と。

 会員制交流サイト(SNS)などインターネット上で、特定の人が誹謗(ひぼう)中傷を受ける。しかもそれが事実でない内容であったりする。不特定の誰かでなく個人を狙い撃ちにしているから逃げ場もない。

 規制の法整備が検討されている。その行方は見守るとして、自由で住みよいネット社会をつくるのは利用者一人一人でもあろう。いま打ち込んだ言葉は一線を越えてはないか。ひととき立ち止まり、想像する作法くらいは持ち合わせたい。「〇〇」とか「×××」とか、そんなひどい言葉はないよ。

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