日々小論

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 この時期になると、必ず思い出す人がいる。明石市に住んでいた矢木龍八さんだ。アスベスト(石綿)が原因とされるがん、中皮腫で10年前に亡くなった。58歳の若さだった。

 白いあごひげを丁寧にそろえ、甘いマスク。サクソフォンをさらりと吹く。手術で右肺を摘出していたにもかかわらず、頬を膨らませジャズを奏でた。

 片肺を失うと歩くだけで息が上がる。演奏は苦しかったに違いない。それでも吹き続ける姿に、生きる勇気と希望をもらった人は少なくない。

 矢木さんは、2005年6月に発覚したクボタショックの渦中にいた。

 JR尼崎駅近くに機械メーカー「クボタ」の旧神崎工場があり、労働者と周辺住民に石綿による健康被害が出ていることが判明。工場で使った石綿が飛散し、地域に被害を招いた可能性があった。矢木さんも、幼い頃から小学6年まで暮らし、この年の春から症状が出始めた。

 石綿被害は尼崎にとどまらず、全国各地で明らかになり、国は被害者に対応する石綿健康被害救済法を制定した。また、クボタは旧神崎工場周辺の住民に対する救済金制度を設けた。

 あれから15年。旧工場の周辺住民と元従業員らの被害は約600人に膨れ上がったが、被害の全容はいまだ見えない。しかも新たな患者が今も増え続けている。石綿を吸い込んでから発症までの潜伏期間は十数年から50年。「緩慢なる惨劇」は終わっていない。

 矢木さんは、石綿問題の風化を嫌い、伝える大切さを指摘し続けた。「アスベストのこと、全然記事になってへんやん。しっかり仕事をやってくれよ」

 冗談めかして言った言葉だが、ずっと胸に刺さっている。

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