日々小論

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 スポーツ選手の引退と後悔にまつわる言葉をいくつか。

 記憶に新しいのは大リーガーだったイチロー選手。「後悔などあろうはずがありません」。横綱・稀勢の里関もきっぱり。「私の土俵人生において、一片の悔いもございません」

 超のつく一流アスリートにとっての「悔いなし」とは何か。余人の心及ぶところではないけれど、少しまねできそうなことをイチローさんは話している。「自分なりに頑張ってきたということははっきりと言える」

 だからといって、死力を尽くし、文句なしの成績を残したと思える人に後悔の念がないかというと、そんなこともない。

 大リーグで2度のノーヒットノーラン。トルネード投法で全米に旋風を巻き起こした野茂英雄さんの引退談話がよかった。「僕の場合は悔いが残る」「まだやりたい」。実は、稀勢の里関も「横綱として皆さまの期待に沿えないのは非常に悔いが残る」と語っていた。

 あのとき、ああすればよかったと思う。同じ後悔はしたくないとベストを尽くせば、今度は満足のいかない結果が悔しい。時間がたって消える後悔もあれば、増す後悔もある。後悔はいつも人を苦しい気持ちにさせるが、なくてもまた困る不思議な感情かもしれない。

 ラグビーの福岡堅樹選手が東京五輪の延期を受け、7人制日本代表から退く決断をした。かねてから志す医学の道に踏み出すためという。「多少の悔いは残る」といい「後悔しない人生を生きたい」とも語った。

 コロナ禍が「引退」を思いもよらなかった形に変えている。学校の部活もそうだろう。悔いが残ったとしても、それにまさる何かが手にできますようにと願ってやまない。

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