日々小論

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 新米記者の頃、夜回り先の警察官から原爆体験を聞いたことがある。取材先で会う高齢男性の大半は従軍経験者で、雑談で戦争の話題が出ることも珍しくなかった。あれから二十数年。惨禍を知る世代は次々と鬼籍に入り、話を聞く機会もめっきり減った。そんな5年前の夏、世の中の仕組みが見え始めた40代になって取材した、元特攻隊員の姿は今も忘れられない。

 男性は当時87歳。海軍甲種飛行予科練習生だった17歳の春、人間魚雷「回天」などの乗員に志願した。任務は死が必定と分かった上で、指を切った血で「熱望」を意味する二重丸を書いたという。

 開戦は誤りという戦後の価値観のもとで育ち、若者たちの出撃を見送った親や上官の年齢に近づいた身としては「死を決意してまで、なぜ国を守ろうと思ったのか」が聞きたかった。

 「自分一人の死で敵艦の600人が沈み、戦況悪化を挽回できる。国民が助かるなら命は惜しくなかった」

 話を進めるうちに男性の背筋が伸び、表情は青ざめた。戦没者の魂が乗り移ったかのように語気を荒らげる姿に、死者と対話している錯覚に陥った。

 「特攻隊を知らない者が勝手なことを言う。みんな笑顔で前向きに死んだ。その気持ちや事実を伝え、過ちを繰り返させないのが自分の役割だ」

 男性は戦争体験を手記にまとめ、翌春、88歳で亡くなった。若い自己犠牲の精神は永遠に崇高であり続けるだろう。だからこそ、無謀な戦争を回避できず、政治判断の誤りを若者の血に押しつけた国の責任は重い。

 当事者の言葉には魂が宿る。まだ戦争体験を語れない人がいるなら、ぜひ誰かに伝えてほしい。残された時間は少ない。

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