日々小論

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 患者の手首を握った2人の医師はドイツ語で会話をした。

 「駄目だろう」「ええ」「子供に会わしたらどうだろう」

 これを聞いた患者は、もう少し遠慮して話してもよさそうなものだと、多少腹を立てた。それで急に目を開け、大きな声で「私は子供などに会いたくはありません」と言ったそうだ。

 患者は文豪、夏目漱石。この逸話は、偏屈で癇癪(かんしゃく)持ちといわれた人柄を伝える。

 43歳だった漱石は胃潰瘍のため、伊豆の修善寺温泉に転地療養する。そこで大量の吐血をして、一時は危篤状態に陥る。この「修善寺の大患」は1910(明治43)年、110年前の8月24日にあった出来事だ。

 だが病状は何とか持ち直し、病院での治療を経て、半年後に退院した。漱石は後に「病人の眼から透かして見たら、彼等の所作がどれ程尊とくなるか分らない」と述べている。

 そして、駆けつけた家族や友人のことも含めて「余のためにこれ程の手間と時間と親切とを惜まざる人々に謝した。そうして願わくは善良な人間になりたいと考えた」と書いた。

 文豪が尊いと受け止めた献身は、コロナ禍中で奮闘する医療従事者とも重なって見える。

 漱石は退院した11年に大阪や明石での講演旅行で病を再発させるが、49歳で没するまで執筆を続ける。その生涯は決して長いとはいえない。けれども大患からの6年は小説を書いた時期の半分にあたり、そこで「こころ」などの名作が生まれた。

 東京駅を設計した建築家、辰野金吾が100年前のスペイン風邪で命を落としたように、過去の感染症では多くの知性を失った。コロナに立ち向かう医療は、大切な命とともに未来に手渡す文化も守っている。

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