日々小論

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 落語家・桂米朝さんが亡くなって5年あまり。「五年祭」と銘打った公演が、大阪で開かれている。「落語の神さまとなった父・米朝の力を借り、コロナ禍の閉塞(へいそく)感を打破したい」。開催を控え、長男の米團治さんがそう話していた。

 落語は、客席の反応を見ながら演目を決めるくらい、「生(なま)」であることが大切な芸だ。入場者の抑制やマスクの着用で、客席との「交流」が制限されることは危機以外の何物でもない。

 神さまは、この事態をどう見ているだろうか。先ごろ岩波現代文庫に収められた「上方落語ノート」(全4集)をめくると、「不易と流行」という、1988年の一文が目に入った。そのころ独演会は常に大入りだったが、落語が時流から取り残される危機感が、消え去ることはなかったようだ。

 示した指針は「原点に帰れ」。上方落語は「落語と呼べるかどうかは問題でなく、喋(しゃべ)ってきく人を楽しませるという、(話芸の)原点」に立つことで、命脈を保ってきた。そのためにはしばしば落語という芸の約束事すら放棄した-と指摘する。

 「お手本」とも評された端正な芸風と、「何でもあり」とも受け取れるこの言葉には一見、ギャップがある。けれども上方落語を滅亡の危機から再興させた背後には、「守る」だけでなく「攻め」があっただろう。米朝さんが定着させた大ホールでの落語会も、マイクが前提で、細かいしぐさや表情がよく見えないという点で、約束事を放棄した挑戦だったかもしれない。

 この一文は、試行錯誤する若手の存在を踏まえ、「絶望はしていない」と閉じられている。コロナ禍であっても、楽しませる工夫を続ける後進へ、時間を超えた励ましのように思えた。

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