本棚のスクラップ帳から、コラムニストの天野祐吉さんの文章を紹介したい。「ぼくらのふつう感覚は、かなりおかしくなっている」。東日本大震災からしばらく後のものだ。
例えば、「国民の1%が大金持ちで99%が貧乏人だという世の中なんて、だれが考えてもふつうじゃない」。もう一つ、「こんなせまい国に54基の原発がひしめいているなんて、どう考えたってふつうじゃない」。
そして、これらについて「ついふつうのように思い込まされてしまうふつう感覚って、かなりおかしいんじゃないだろうか」。落ち着いて考えると変だと思うことが、常識のようにまかり通っている。天野さんは大上段に「常識を疑え」などとは言わず、「ふつう感覚がおかしいよ」と語りかけた。
この米国人は、もっとド直球のメッセージを投げ込んだ。権力者に牙をむき、戦争に反対し、犯罪と麻薬を憎む。怒りと嘆き、哀(かな)しみを文章に盛り込む。ただ、通底するのは「みんな、ふつう感覚がおかしいよ」だと愛読者の一人として思う。
先月、作家でジャーナリストのピート・ハミル氏の訃報が届いた。初めてその文章を読んだのは、1980年代のことだ。優れたベトナム戦争に関する本もあるけれど、当時の文章には強く同時代性を感じた。
レーガン大統領に始まる共和党政権の時代。ハミル氏は社会の空気を「もっと金を、もっと権力を」と表現する。象徴的人物として切り込むのは、若き不動産王「T氏」。出版した自伝が一大ブームを呼んだ。まさか大統領になってしまうとは。
今の「ぼくらの社会」はどうだろう。だれが考えても、どう考えたって、ふつうじゃないことに思い当たりませんか。
