日々小論

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 75年前に敗戦が決まった後、連合国軍総司令部(GHQ)による占領が始まる。1945年8月30日、マッカーサー最高司令官が厚木飛行場に降り立つ写真は、戦争を知らない世代にも強烈な印象を残すものだ。

 「神戸 闇市からの復興」の著作がある都市史・社会史研究者の村上しほりさんによると、神戸に占領軍の兵士が来たのは9月25日だった。

 港町なので海からだと思い込んでいたのだが、上陸地点は和歌山で、そこから8千人の兵士が五つの列車で三ノ宮駅に到着したと村上さんは言う。トラックやジープも神戸に向かい、2週間で1万1千人が進駐した。

 占領軍はさまざまな施設や土地を接収する。旧居留地のビルや神戸・阪神間のホテル、住宅…。今の神戸大文理農学部キャンパスは、将校の家族住宅を建てた場所なのだそうだ。

 神戸市内には広大な占領軍のキャンプもできる。フラワーロード東側のイーストキャンプと新開地本通り東側のキャンプカーバー(ウエストキャンプ)。イーストには白人兵、ウエストには黒人兵が宿営したという。

 終戦を迎え、占領した国に来てまで、肌の色で滞在場所を分けられた黒人兵たちは、どんな思いだったのだろうか。

 今年没後10年になる米国の作家、J・D・サリンジャーのいくつかの作品には、第2次大戦で傷ついた人たちが登場する。

 ノルマンディー上陸作戦に加わり、神経衰弱になる兵士。愛する人を戦地での事故で亡くした女性。戦後も心を病み、妻を残して早世する青年。作者の体験が反映しているとされる。

 戦勝国となり、占領する側だった人たちにも戦争は暗い影を落とした。当然であるのに、忘れがちなことかもしれない。

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