日々小論

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 今年は戦後75年だが、終戦までには「十五年戦争」といわれる長い戦乱の歳月があった。重大な歴史の節目は数多い。

 昨年で80年が過ぎたノモンハン事件もその一つだろう。

 1939年、旧満州(中国東北地方)とモンゴルとの国境付近の大草原で、日本軍とソ連、モンゴル連合軍が戦闘を繰り広げた。宣戦布告を伴わない武力衝突は、日本では「事件」扱いだが、モンゴルにとっては独立を脅かす「戦争」だった。

 4カ月間の戦闘で双方に4万人を超える死傷者が出たとされる。モンゴルでは「ハルハ河戦争」と教えられている。モンゴルと戦火を交えた事実を知る人が少ない日本とは、国民の歴史認識で大きな違いがある。

 80年を機に昨年、僚紙デイリースポーツの写真部員がモンゴル写真家協会の招きで現地を訪れた。破壊された車両が今もさびたまま残り、墓石が草の中に点在する。記念館ではモンゴルやソ連の戦没兵士らの顔写真が掲示され、「かつてここで何があったか」を伝えている。

 日本兵たちの遺品か、捕虜の持ち物だろう。さびた銃剣や飯ごう、そろばん、歯ブラシなどの展示も痛々しい。

 押し寄せるソ連の戦車群に対し、日本兵は地雷や火炎瓶を手にした肉弾戦で挑んだ。現場に立った作家の村上春樹さんは紀行文で「鉄の墓場」と表現する(新潮文庫「辺境・近境」)。多くの命が「名もなき消耗品」として使われ、異国の草むらについえたのだった。

 この戦いを、軍部による人命軽視の用兵の原形とする見方がある。その後の無謀な戦線拡大や民間人を巻き込んだ玉砕、果ては特攻にまでつながったのであれば、起点となった「事件」を深く記憶する必要がある。

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