日々小論

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 今年の終戦の日、福岡県で一人の女性が息を引き取った。龍(りゅう)智江子さん。享年90。家族に囲まれた最期だったという。

 実は龍さんは、長崎市の原爆資料館に展示されている写真「黒焦げの遺体のかたわらに、ぼう然と立ちすくむ少女」の少女本人として知られていた。原爆投下直後の長崎の惨状を伝える衝撃的な一枚だ。

 龍さんは75年前のあの日、長崎市内の外出先で父とともに被爆した。翌日、爆心地に近く、焼け野原と化した自宅周辺に戻り、家族を捜した。軍所属のカメラマンがレンズを向けたのはそのときだった。

 写真を有名にしたのは、亡きがらが龍さんの母であることも一因だろう。焼け残った髪留めで分かったのだという。これほど残酷な母子の再会があるだろうか。言葉を失う光景である。

 龍さんは原爆で弟も亡くした。翌年父を病気で失い、ひとりぼっちになった。成人し結婚したが、夫と死別する。幼い一人息子を苦労して育て上げ、やがて孫ができ、晩年は語り部として反戦・反核を訴えた。

 浮かび上がるのは原爆に翻弄(ほんろう)され、あらがった生涯だ。

 龍さんは、だからこそ言える力強い言葉を残している。

 「戦争が家族を奪って私を1人だけにし、平和が私に今の家族をもたらしてくれたことを、深く思わずにはいられません。戦争の残酷さと悲しさ、命を守る平和の大切さと尊さ。ほんとうに戦争だけは、二度と再び繰り返してはなりません」(長崎の証言の会「証言2006」)

 来年1月、「核なき世界」の実現を目指して核兵器禁止条約が発効する。しかし、日本政府は反対の姿勢を崩さない。今ごろ、龍さんが天国で首をかしげている気がしてならない。

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