出版社に尋ねると、文庫は目下30万部という。なるほど書店の最前列で積まれている。図書館の予約数もとても多い。
柳美里(ゆうみり)さんの小説「JR上野駅公園口」である。
ホームレスとなった福島出身の男性が主人公だ。東京五輪、出稼ぎ、東日本大震災。光と闇を織り込んで物語は進む。
豊かさの足元に沈む悲しみ。行き交う笑みの傍らでうずくまる寂しさ。読後感は重い。
奥付を見れば、出版は単行本が7年前、文庫本は4年前。国内で話題になった記憶はないし、文芸賞とも縁はなかった。
ところが昨秋、思わぬところから風が吹いた。米国でもっとも権威のある文学賞の一つ、全米図書賞の翻訳文学部門に選ばれたのだ。追い風でベストセラー街道を走る。
あの時もそうだった。
黒沢明監督の映画「羅生門」である。公開は1950年だ。きこりを演じた志村喬(たかし)さんが、本紙の「わが心の自叙伝」で思い出を書いていた。
国内では賛否半ばだった。たまたまイタリアの映画関係者の目にとまり、ベネチア国際映画祭への出品を強く勧められた。すると翌年、グランプリ。
祝賀会で監督は、こんな趣旨のあいさつをしたそうだ。
認められてうれしい。でも日本映画を日本人は低く見ていないか。外国の映画祭へ出してくれたのも外国人-と。
海の向こうの拍手でやっと評価される。監督の複雑な気分は分かるが、いつの時代も日本人が見落とす日本の宝物はある。それを気づかせてくれる。
文化、モノづくり、学術…。分野が何であれ、海の向こうからの拍手で上がる幕もある。耳を澄ましてごらんという戒め、ススメと受け止める。
