日々小論

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 読みやすく柔らかい文字だ。絵を描く人らしく、修正部分も含めて全体がデザインのようだった。神戸・六甲アイランドの神戸ゆかりの美術館が開催している特別展で、編集者・花森安治の直筆原稿を見た。

 神戸出身の花森は、雑誌「暮(くら)しの手帖(てちょう)」の初代編集長として知られる。その誌面は服飾や料理の記事、名物企画の「商品テスト」などが彩った。

 加えて、戦争や公害など人々の生活を脅かすことについては厳しい調子で批判した。

 花森が企画した誌面の中で、特筆すべき連載の一つが、特別展でも紹介している「ある日本人の暮し」だ。「いわば名もない人たちの、ありのままの暮しの記録」を目指した。

 昨年刊行された「花森安治選集」でこの連載を読むと、1958年に「ぼくは新聞記者」というのがあった。青森の地方紙勤務の男性は「一万円を出るか出ないか」の月収。「下宿代は三食ついて五千円、のこりの五千円で身のまわりのものとか映画、本、コーヒー代」。登場人物の暮らし向きを、やさしい文章で目に浮かぶように書いた。

 戦争の影も色濃い。特攻隊から復員し、大阪の下町で電気屋を営む男性の記事は59年。日々は楽ではない。だが彼は語る。「紐(ひも)をひっぱって、カチンと電気がついたら、女の子が、うわあ、お便所に電気がついたあ、とびっくりするほどの声を上げた。その顔をみたら、もうゼニはいらんとおもった」

 花森は戦時中、大政翼賛会の宣伝部などで仕事をした。後に「戦争を防ぐどころか、一生けんめい、それに協力してきた」と悔いた。名もない人たちの視点で書き続けたのは、国家権力の側にいたときとは対極の仕事だったからかもしれない。

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