日々小論

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 少々ひとりよがりなこだわりで恐縮だが、「震災から〇年」という書き方をあまりしない。字数が許せば「震災の発生から〇年」などと字を加える。

 震災はあの年だけの出来事じゃないぞ。あのとき「発生」をして今も続いているんだぞ-ずいぶん前、先輩が言っていた。「発生」の字にどれだけ意味があるかを問われれば返答に窮するけれど、年々、こだわりは増している。

 復興の見方はそれぞれで、被災の焼け跡にできた立派な公園を見て、復興を感じる人もいるだろう。もと住んでいた土地が公園に変わり、町を離れた人にとっての震災はなお進行形かもしれない。

 「復興した」という自信ありげな言葉が、地元行政や政治の世界から聞こえてくることがある。見たところ、もう傷痕はない、と。それも一つの見方ではあるが、正直、どこに目をつけているのだろうと思う。

 あるいはまた、お決まりのこんな声。「いつまでも震災、震災、言うな」。発信源が被災地の外であれば、「こっちはまだまだ震災なんだ」と一丸になって反論できる。それが被災地の内側の身近なところから発せられれば、どうだろう。ぐっと言葉をのみ込む人はないか。かき消される声はないか。

 東日本大震災の発生から10年になる。「復興とは、心の復興のことなんだな」。原発事故で古里を追われた男性がテレビで語っていた。東北に限らず、阪神・淡路に限らず、幾度も耳にしてきた言葉である。

 最近読んだ被災者の文章にはこうあった。「どれだけ復興したかは他人が決めることではない。自分が決めることだ」

 今さらにして、「復興」を語ることの難しさを知る。

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