日々小論

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 東日本大震災で被災した村に入り、調査を重ねてきた気鋭の社会学者が2月11日、肺がんのため亡くなった。上智大教授の植田今日子さん。47歳だった。

 「更地の向こう側」という印象的な題の共編著をまとめたのが発生2年後の2013年。リアス式海岸に縁取られた宮城県気仙沼市の唐桑(からくわ)半島の港町・宿浦(しゅくうら)を舞台に、住民の声を基にした細密な水彩画と文章でユニークな「記憶地図」を作成した。

 「海とともにあった生活の匂いや音、味、手触りを記録し、住民に手渡したい」と当時東北学院大准教授だった植田さんはイラストレーターの綱本武雄さんと組んで聞き取りに回った。出港のとき家族が見送りをした海岸、リヤカーや馬が客船を待った船着き場、明治創業の旅館、子どもの遊び、海水浴…。

 この地域は明治三陸大津波、昭和三陸大津波で被害を受けた。「いま人々が語る村の繁栄の姿は過去の大津波後の『更地の向こう側』の光景だ」。いずこでも、被災のたびに更地が生まれ、人々は暮らしを再建する。それが繰り返されていく。

 この指摘は阪神・淡路大震災後を生きる身にずしりと響いた。発生直後に描いた復興の夢とその後の現実。そのズレを検証する姿勢の大切さを感じた。

 植田さんは災害や開発で存続が危ぶまれた地域を追った。中越地震の新潟県旧山古志村、ダム計画で水没予定地になった熊本県五木村…。震災直後には仙台の人々の声を集め、「街からの伝言板」として刊行した。

 災害時、抗(あらが)いようのない力で地域という「容器」は変質を迫られる。「復興は前を向くことが強調されるが、過去から未来を見つめることも大切」。被災地に寄り添うまなざしは10年の時を超えて生き続けるだろう。

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