日々小論

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 1冊の本が、苦い記憶をよみがえらせた。

 河北新報社の元編集委員、寺島英弥さんが著した「被災地のジャーナリズム 東日本大震災10年 『寄り添う』の意味を求めて」。寺島さんは福島県相馬市出身。大震災、原発事故の発生後、被災地に足を運び、そこに暮らす人々の声に耳を傾け続けてきた。

 「苦い記憶」とは、数年前、東北を訪れた際、現地の知人と交わした会話のことだ。「『寄り添う』って言うけど、なんだか上から目線で好きじゃねぇ」。被災者でない私は、安気さを突かれて、ハッとした。

 寺島さんは書く。「『寄り添う』はメディアや政治家らが広めたが、被災地では拒否感を抱かれるほど軽い言葉になった」

 故郷の町や仕事、日常、大切な人を亡くした悲嘆、怒り、失望、無念。そして希望…。被災地の外にいる私たちは、どこまで理解できているのか。「取材者であり当事者」である寺島さんの「問い」は重い。

 10年を刻むいまも、被災地は被災地であり続けている。その地に暮らし、そこに帰還して、失われたものを取り戻そう、創ろうともがく人たちがいる。

 現場を歩き、当事者の言葉を記録する。外にいる人々に問題を伝え続け、多くの人が参加できる行動、支援へとつなぐ。答えはその中にしかない。

 震災後に流布した言葉一つとっても、被災地の内外で受け止めは異なる。メディアに身を置く一人として肝に銘じたい。

 改めて、「寄り添う」とはどんな意味だろう。広辞苑を引くと、「ぴったりとそばへ寄る」とある。被災した人たちの息遣いを伝え、共感して支える「伴走者」でありたい。できることはまだまだある。

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