日々小論

  • 印刷

 広島市の原爆ドームは保存の最終決定まで、戦後21年を要したことをご存じだろうか。世界遺産になった現在では信じられないが、放置され、劣化が進む一方の時期が長く続いた。

 「戦争の惨禍を忘れないために必要だ」「悲惨な出来事を思い出したくない」…。焼け野原からの復興が進む中、ドームを残すか、解体するかを巡り、市民の意見は割れた。保存工事は手つかずで、「金をかけてまで残すべきではない」と時の市長が発言したこともあった。

 興味深いのは、「原爆があの程度の破壊力しかないと誤解される恐れがある」との意見が解体派にあったことだ。爆風や熱線による被害がいかに甚大だったかを物語るエピソードとも受け取れる。

 結局、1960年代に入り、保存運動が盛り上がり、66年、市議会が保存を決議した。きっかけは、被爆し白血病で亡くなった少女が、ドームに原爆の記憶継承を託すとつづった日記だった。全国から多額の募金が寄せられ、翌年の1回目の保存工事につながった。

 ドームを訪れ、いつも思うのは「よくぞ残ってくれた」ということだ。解体されたり、朽ち果てていたりしても不思議ではない。恒久平和や核廃絶を訴える被爆地の象徴がもし消えていたらと考えるとぞっとする。

 先月半ば、ドームの5回目の保存工事がほぼ完了したというニュースが流れた。これでしばらくは安泰なのだろう。とはいえ、元はれんがを中心とした建造物だ。経年劣化も進む中、被爆当時の姿を保つのが困難を伴うことは容易に想像できる。

 被爆国日本の原点とも言える遺構である。50年後、100年後も川のほとりに変わらずたたずんでいることを強く願う。

日々小論の最新
もっと見る

天気(5月15日)

  • 25℃
  • 19℃
  • 70%

  • 29℃
  • 16℃
  • 60%

  • 27℃
  • 19℃
  • 50%

  • 29℃
  • 18℃
  • 60%

お知らせ