日々小論

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 田中邦衛さん、逝く。心に大きな穴があいた気がした。

 北海道の大自然の中で、2人の子を育てながら寡黙に、愚直に生きる。ドラマ「北の国から」は倉本聡さんが書いた脚本だが、田中さん演じる黒板五郎の語り口が魂をのせた。

 学生の頃から、ドラマの世界に近づきたい、と舞台となった富良野を何度も旅した。田中さんは町の喫茶店に顔を出すなど気さくさで知られた。丸太小屋や石の家の前に立つと、五郎が「よく来たね」と優しく声を掛けてくれる気がしたものだ。

 「電気がなかったら暮らせませンよッ」。長男・純の言葉に「夜になったら眠るンです」と答える五郎。黙々と廃屋を修理し、管をつないで沢から水を引き、電気は風力発電で起こす。

 10年前、東日本大震災が襲った。一家の暮らしから、自然と生きる原点、豊かさや便利さの中で忘れかけていた大切なものを思い返した人も多いだろう。

 豊かな不幸か。貧しい幸せか。五郎はためらいなく後者を生き続けた。放送開始から40年がたつが、そのメッセージは古さを感じさせない。

 倉本さんは「北の国から」で「真面目にやればやるほど矛盾が生じる男の情けなさを書きたかった」といい、「誰が一番情けないか」で五郎役を田中さんに決めたそうだ。

 五郎は強くて頼りがいのある父親ではない。不器用で情けない父親だ。それでも、子の窮地に見せる親の情愛にはすごみがあった。私も幼い娘がいるが、ひたむきな演技に、自分ならどうするか、と考えさせられる。

 田中さんほど役と一体化した俳優はそういない。演じることはもうないが、今も五郎として富良野のどこかを歩いているような気がしている。

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