日々小論

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 「ラクチョウのお時」と呼ばれる女性がいた。

 敗戦直後、東京・有楽町のガード下で街娼(がいしょう)を束ねていた。3万人の人生を収めた「20世紀日本人名事典」にもこの名前で載っている。ただし、どんな人生だったか、詳しく知る人はまずいない。亡くなっているとしても、没年は不明。

 しばらく前、インターネットでたまたま彼女の声を聞いた。1947(昭和22)年、NHKラジオで放送された「街頭録音 ガード下の娘たち」である。

 柔らかい語り口で知られる藤倉修一アナウンサーが、隠しマイクで素顔に迫る企画だ。東京に生まれ、空襲で家族と離れ離れになったという彼女は「私なんてさ、戦災で焼かれてさ」と語る。話の中身は重いが、語り口に捨てばちな気配はない。

 無断で放送するのをためらった藤倉さんは、もう一度会う。隠しマイクの取材だったと打ち明けると、「ちっとも分からなかったわ。結構です。お役にたつのだったらどうぞ」。著書に書いているてんまつだ。

 放送の反響は大きく、ガード下にいづらくなった。冷ややかな視線を浴びながらも人生をやりなおそうと、工場で働き始めたようだ。やがて飲食店を開き、結婚、離婚…と事典にある。

 政治や経済が大文字の歴史をつくるなら、こちらは小文字の歴史である。世のさが、社会の息づかいや肌ざわりは、小さな文字の方が雄弁に語る。

 低い視線で見つめた戦後の日本、日本人のことをたっぷり聞きたかった。頼めば彼女はどうしただろう。プイッと横を向くか、丁寧に応じてくれたか。

 NHKラジオの放送は74年前の4月22日、つまり、昨日。

 これも戦後史の一つと思いながら、「お時」を書きとめる。

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