日々小論

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 デマをデマと見抜くことは案外、難しい。「ほんまかいな」と思っても、たいてい「複数の人から聞いた」「専門家の話だ」など、無視しがたい“情報”で補強されているからだ。

 新型コロナウイルスにまつわるデマも同じことが言える。昨年の第1波の際、「お湯を飲んだら予防できる」という情報がネットで広がった。その時も「看護師が言っている」など、もっともらしい体裁だった。

 エセ情報は、何が正しいかを分かりにくくさせ、人を惑わせる。回復した人が、知らないうちに「死亡した」とされた罪深い事例などを取り上げ、本紙も紙面で注意喚起してきた。

 デマに関して思い出すのは、以前ネットで読んだ県内の地域紙、丹波新聞の記事である。

 「どこそこの会社でコロナの感染者が出た」との情報が寄せられたので取材すると、事実ではないと分かった。そこで記者は「誰から聞いた?」と尋ね、情報の流れをさかのぼる。

 うわさの出どころには到達できなかったが、取材で多くのことが判明したという。

 1人が複数の人から同じ話を耳にしていたこと。その頃、くだんの会社が事務所を閉めていたこと。実は定休日だったのだが、感染情報を聞いた人の目には「やはり事実だ」と映りやすい状況が重なったこと。

 行政が公表する感染情報には個人情報保護の制約がある。「詳しいことが分からない」と不安を募らせた心の隙間にデマが浸透し、事実を勝手に解釈してしまう。その結果、話が増幅されて別の人に伝わり…。

 自分の心に響いた「ほんまかいな」の違和感をあくまでも大切にしたい。少なくとも、デマの流れを大きくしないダムになることは、誰にでもできる。

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