日々小論

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 尼崎市のJR立花駅から西に15分ほど歩いたところに「芋公園」という名の公園がある。区画整理で1985年にできた。

 明治以前から芋村という集落があったのが由来だ。都市計画審議会では「都市化に合わない公園名では」と異論も出たが、地元住民には地名への愛着があると市側が訴えたという。

 この公園整備に関わった元尼崎市職員の榎本利明さん(93)は「地名は文化。公園を通じて大切な歴史を残すことができた」と振り返る。同市では地域に密着した公園名には基本的に古い地名を使ってきたと話す。

 榎本さんは55年に尼崎市役所に入った。農家の技術指導や緑化事業に携わり、初代みどり課長や緑政部長を歴任した。

 長年にわたる逸話を聞いていると飽きない。工場の緑化では「生産が第一。木を植えて育つかい」と最初は見向きもされなかったが、従業員や周辺住民のやすらぎにつながることが分かると、理解が進んだという。緑化後に事故が減るなど、思わぬ効果ももたらされた。

 市役所南側の道路の無電柱化を図ったほか、鎮守の森の保護を進めたり、上坂部西公園の温室に奄美大島のガジュマルを持ってきたり。その足跡は、工業化と公害からの再生という尼崎の戦後史と重なる。

 榎本さんは今年、「尼崎市の公園」という大著を自費出版した。当局の協力も得て市内345カ所の公園を全て調査し、詳細を記した労作だ。一つ一つの経緯や由来をしっかりと記憶していることに驚かされる。まさに公園の生き字引である。本は市立歴史博物館のデジタルアーカイブで読むことができる。

 こういう人が精魂込めてつくってきたと思うと、小さな公園も違った風景に見えてくる。

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