日々小論

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 創立100周年を迎えた生活協同組合コープこうべの歴史をたどる取材をしている。

 社会運動家・賀川豊彦の指導の下で、コープこうべの前身、神戸購買組合と灘購買組合が誕生したのは1921(大正10)年の春。当時、第1次世界大戦終結後の反動不況で街に失業者があふれ、生活不安が渦巻いていた。

 同年7月には、神戸で造船所の労働者ら3万人余りがデモを行い、40日以上にわたる労働争議に発展した。歴史に残る「川崎・三菱大争議」だ。賀川はデモ隊の先頭に立っていた。

 取材の過程で、生前の賀川と言葉を交わしたという西宮市在住の男性Aさん(92)に話を聞くことができた。学生時代に賀川の講演に感動し、影響を受けたAさんのドラマチックな半生は、今夏に掲載予定の記事で紹介するとして、当欄ではインタビューの際に教えてもらった踏切について触れたい。

 阪急今津線に「消費組合踏切道」という名称の踏切がある。西宮北口駅から宝塚に向かって三つめの小さな踏切だ。西宮北口-宝塚間は両購買組合ができた同じ年に開通した。踏切ができた時期ははっきりしないが、近くに消費組合(現在の生活協同組合)があったようだ。

 コープこうべによると、大正から昭和初期にかけて西宮で四つの消費組合が設立された。当時は各家庭に出向く「ご用聞き」が主流だった。従業員たちはせわしなく踏切を渡り、注文を取って回っていただろう。いずれの組合も合併を経て灘購買組合と合流した。

 消費組合のあった場所は分からない。けれど、消費組合踏切道と書かれた看板は、生活難に懸命に対処しようとした先人たちの情熱を今に伝えている。

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