日々小論

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 大切にしている一つの冊子がある。広島で被爆した峠三吉(1917~53年)の「原爆詩集」の初版本である。ただ、当時のものではない。明石でガリ版印刷所を営んでいた安藤信義さんが13年前に出した復刻版だ。

 久しぶりにページを開く。どうしてわたしは(中略)し、死なねばならぬか

 「ちちをかえせ」で始まる代表作「序」などに続いて収録されている「死」の一節である。何が起きたか分からぬまま「わたし」は絶命したのだろう。末尾の変則的な改行が無念の叫びのようで心が揺さぶられる。

 70年前、峠がこの詩集を自費出版したのは、朝鮮戦争での核兵器の再使用が危惧されたためだ。傷ついた被爆者の肉体の描写や直情的な表現で原爆被害の理不尽さをまっすぐに訴えた。

 復刻版には、安藤さんが鉄筆で丁寧に刻んだ詩人の言葉が並ぶ。その1文字ずつに、取材のたびに聞いた反戦・反核の思いがこもっているように感じる。

 戦争で兄を失った安藤さんは自衛隊のイラク派遣など、この国が危うい道を進みそうになると眉をひそめた。大量の核兵器を抱えた世界を憂えていた。

 今年1月、核兵器禁止条約が発効した。だが、唯一の被爆国にもかかわらず、日本政府は条約に背を向け続ける。どうすれば参加できるのか検討さえしない姿勢は理解できない。

 平和を愛したガリ版職人は復刻版を発行した2年後の2010年に74歳で亡くなった。

 76回目の広島、長崎の原爆忌が巡ってくる。今こそ、安藤さんの言葉を聞いてみたい。

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