日々小論

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 十数年前のこと。帝王切開による出産を数日後に控えていた私は、夜遅くに体調の異変を感じ、産婦人科に駆け込んだ。診察を終えた女性主治医は「明日の朝に手術しましょう。赤ちゃんはもう出たがっているから」と言った。

 心の準備が全くできていなかったので頭が真っ白になった。思わず「1日待ってください」と口走ると、医師はこちらを見据えて一喝した。「ナンセンス(無意味)!」。面と向かって言われた初めての言葉に、一瞬きょとんとしてしまった。

 こんな過去の体験をふと思い出したのは、つい最近、兵庫県知事選挙で街頭演説を聴いている最中だった。

 応援弁士が他の候補者を批判している時に、聴衆から「ナンセンス!」との声が上がった。話の流れから、弁士への声援であるのは分かったのだが、ん?と違和感を覚えた。50代の自分にも、そのかけ声がいかにも古色蒼然(そうぜん)として響いたからだ。

 古くさいからダメ、と言いたいのではない。

 絶妙のタイミングで鋭く切り込む「ナンセンス!」が、ある世代にとって団結心を鼓舞する、慣れ親しんだ言葉なのは理解できる。昨年公開されたドキュメンタリー映画「三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実」でも、1969年に三島と討論した東大生たちが使っていた。

 確かに力のある言葉だと思う。ただそれだけに、作法やノリを知らない者にとっては、やはり取っつきにくい。誤解を恐れずに言えば、「壁」のようなものさえ感じてしまう。

 応援演説を聴きながら、若い人の反応が気になって周囲を何度か見回してみた。残念ながら、足を止める若者はほとんどいなかった。

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