日々小論

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 1941(昭和16)年7月28日、日本軍は南部仏印(フランス領インドシナ)への進駐を始めた。これに反発した米国は8月1日、日本への経済制裁として石油輸出禁止を発表する-。

 80年前の出来事は太平洋戦争への道筋となった。だが「開戦やむなし」と決断した日本の指導者とは異なり、この夏に「日米戦争日本必敗」の結論を冷静に見極めた組織があった。

 内閣直属の調査研究・教育機関「総力戦研究所」である。研究生として、各省庁や陸海軍、民間企業などから、将来を嘱望される優秀な若手人材が集められた。その内実や活動については、猪瀬直樹氏の著書「昭和16年夏の敗戦」などに詳しい。

 研究生らは同年7月、机上演習として模擬内閣を組閣し、現実の国際情勢などを基に架空の「青国」の政策を議論する。

 本物の陸軍出身の青国陸相は対米開戦を主張するが、首相ら多くの閣僚は反対。物資などの現状を見れば、戦争をすべきでないというより、できないからだ。それでも教官側の指示で、開戦後の想定で演習は続く。

 至った結論は「奇襲作戦が成功して緒戦は勝利しても、物量に劣勢な日本の勝機はない。長期戦になり、ソ連参戦を迎えて敗れる」というものだった。見事な洞察力と言うしかない。

 猪瀬氏は「その予測を可能にしたのはタテ割り行政の閉鎖性をとりはらって集められた各種のデータであり彼らの真摯(しんし)な討議であった」と書いている。

 同年8月、東条英機陸相ら閣僚も研究生の報告を聞いた。しかし残念ながら、日本は12月に無謀な戦争に突入していく。

 現政権の前にも難題が山積みだ。コロナの感染対策、五輪への対応…。青国の政府ならどんな判断をしただろうか。

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