日々小論

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 大正時代に創業した「ビオフェルミン製薬」(神戸市中央区)が今夏で上場を廃止した。親会社である大正製薬ホールディングス(東京)の完全子会社となった。一抹の寂しさを感じるのは自分だけだろうか。

 看板商品は整腸剤の代名詞となって久しい。東京証券取引所第1部で最後の取引を終えた7月27日、ビオフェルミン製薬は「上場廃止になっても100年余り根ざした地元とともに歩み続けたい」とコメントした。

 同社は神戸ならではの歩みを刻んできた。かつて国内屈指の貿易都市だった神戸には、海外から人、モノ、文化と一緒に感染症も入ってきた。人口急増もあって、明治、大正時代にはコレラやペスト、スペイン風邪が度々流行した。

 1914(大正3)年に第1次世界大戦が始まると、整腸剤の原料となる乳酸菌が欧州から入らなくなった。抗生物質がない時代。医療現場の危機感は相当なものだったに違いない。

 そこで神戸の医師らが国産化に挑んだ。ドイツから苦労して菌を取り寄せ、培養に成功。17(同6)年、医師3人と起業家の計4人が「神戸衛生実験所」を設立した。その約30年後に現社名になった。

 強く印象に残っているのは、阪神・淡路大震災からの復活だ。長田区にあった本社と工場は全壊。当時の社長は廃業を決意したが、「何とか復興してください」と涙ながらに訴える社員と、創業時から守ってきた乳酸菌の原株が奇跡的に無事だったことが再建を後押しした。

 原株は、工場近くに住む社員が震災直後に駆けつけて冷凍庫から救い出した。今も神戸で大切に保管されている。港街で試行錯誤を重ねた創業者たちも、誇らしく思っているだろう。

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