日々小論

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 「空襲が終わった後、B29が1機、高度を下げてきて、私の頭上を飛び去ったんですよ」

 戦後50年を機に、姫路で空襲に遭った作家のこちまさこ=本名・古知正子=さんから聞いた体験談を思い返す。

 姫路は1945年に2度、焼夷(しょうい)弾などの空襲に見舞われ、500人以上が亡くなった。当時20歳だったこちさんは、迫る炎を逃れ、田んぼの用水路に駆け込んで身をかがめた。

 やがてB29の機体が迫ってきた。見上げると、ガラスのドーム状になった機体の先端に、こちらを見下ろす搭乗員が-。

 「目が合った」。こちさんのそんな言葉を覚えている。顔まで見えるだろうかと首をかしげたら、「見えたんです」。最前部に座るのは爆撃手なので、目が合ったとすれば、焼夷弾投下を担った搭乗員だったろう。

 「鬼畜」と教えられた敵が自分と同じ年頃の若者に見えたからか。それ以上に巨大な機体に圧倒されたのか。こちさんの口調は淡々として、敵を責める響きがなかった。ただ空襲後の残像として脳裏に残っていた。

 その年、こちさんは「姫路空襲五十周年平和のつどい」の実行委員として、姫路を空襲したB29の元乗員と対面を果たす。戦後和解の取り組みとして市民が姫路に招いたのだった。

 彼らも同じように高齢を迎えていた。そして、爆撃地への訪問に不安を抱いていた。命令に従って攻撃した元兵士も、心の傷を負っていたことを知る。

 恩讐(おんしゅう)を超えて互いの思いを理解する機会が持てるまで、随分長い月日がかかった。焦土からB29を見上げた女性が「あの夜、私と目が合いましたね」と米国人らに尋ねたかどうか。それを聞く機会がないままにこちさんが逝って、9年になる。

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