日々小論

  • 印刷

 3度目の挑戦で、やっと読了した。神戸生まれの社会活動家、賀川豊彦が1920(大正9)年に出した自伝的小説「死線を越えて」。数年前に途中で投げ出していたのを、この夏、思い立って手に取った。

 主人公の新見栄一は、神戸のスラム街で救貧活動に身を投じる。悲惨な境遇に心身をむしばまれる住民たちの生々しい描写もさることながら、強く印象に残ったのは、新見が何かにつけてよく泣くことだ。

 例えば、貧民街に移り住む前の彼が将来を悲観する場面。「そして我と我が身を不憫(ふびん)に思ったので涙を流して泣いて見た。泣いた後、(略)夕飯も食わず十二時ころまで大きな樟(くす)の木の陰で泣いた」とこんな感じだ。

 以来、さまざまな作品で描かれる男たちの泣きっぷりが気になっている。

 「たしなみを忘れて子供のようにおいおいと泣きだすもの、(略)小さな椅子からずるずるとすべり落ち、絨毯(じゅうたん)に膝をつき、床にくずれて声をあげるもの」は、半藤一利のノンフィクション「日本のいちばん長い日」から。45(昭和20)年8月14日、ポツダム宣言受諾を最終決定した御前会議での閣僚や軍幹部の様子は、取材を基にしているだけに衝撃的ですらある。

 NHKの大河ドラマ「青天を衝(つ)け」では、第15代将軍・徳川慶喜の弟昭武に随行して欧州にいる水戸藩の侍たちがまげを落とす際に「うぉーっ」と泣き叫んでいた。時代をさかのぼれば、「源氏物語」の光源氏もしょっちゅう涙を流している。

 日本の男たちは感情もあらわに結構泣いているのだ。意外な事実を発見したように感じるのは、表情にも言葉にも感情を読み取れない為政者を見せつけられているせいかもしれない。

日々小論の最新
もっと見る
 

天気(10月28日)

  • 22℃
  • ---℃
  • 10%

  • 21℃
  • ---℃
  • 30%

  • 23℃
  • ---℃
  • 10%

  • 22℃
  • ---℃
  • 20%

お知らせ