日々小論

  • 印刷

 76年前の8月15日に戦争は終わった。いや、終わったはずだった。ところがその後も戦禍から逃れられない人たちがいた。

 日本が無条件降伏を受け入れた後も、一部の日本兵は銃剣を手放さなかった。そのため外地だけではなく、沖縄などでも戦闘状態は続いた。それは住民に犠牲を強いることになる。

 那覇の西90キロにある久米島では、海軍通信隊が民間人をスパイ容疑で殺害した。8月18日、住民らに投降を呼び掛けた男性と妻、1歳の子どもが、20日には別の一家7人が刺殺されるなどした。通信隊が9月7日に米軍の捕虜になるまで、殺された島民は20人に及ぶとされる。

 虐殺は沖縄の各地であったため、「軍隊は住民を守らない」という教訓が今に伝わる。

 同様の話は作家の司馬遼太郎さんも「街道をゆく 沖縄・先島への道」で書いている。

 司馬さんは戦時中、栃木県の戦車隊にいた。もし本土決戦になり、家財道具を抱えた人々が逃げるために道路を埋めたらどうするのか。司馬さんの質問に対し、大本営の軍人は「轢(ひ)っ殺してゆけ」と答えたという。

 「軍隊というものは本来、つまり本質としても機能としても、自国の住民を守るものではない」。司馬さんは、軍隊が守るものは「軍隊そのもの」や「抽象的な国家」だと断じる。

 それは昔の話であって、今の時代なら有事の際に軍事力、あるいは政府が国民を守るはずだという見方もあるだろう。

 だがコロナ禍が深刻化していく中、入院先さえ十分に用意しない政府の対応が眼前にある。政府がウイルスから守ろうとしているのは、一人一人の国民ではなく「抽象的な国家」ではないのか。司馬さんの警句が実感を伴って迫ってくる。

日々小論の最新
もっと見る
 

天気(10月28日)

  • 22℃
  • ---℃
  • 10%

  • 21℃
  • ---℃
  • 30%

  • 24℃
  • ---℃
  • 10%

  • 22℃
  • ---℃
  • 10%

お知らせ