日々小論

  • 印刷

 先日亡くなった本紙客員論説委員の経済評論家、内橋克人さんは、ふるさと神戸で2度の大空襲に遭った。当時のある体験を自伝的小説「荒野渺茫(びょうぼう)」(岩波書店)に書いている。

 2度目の空襲のさなか、自身がモデルの少年、祐介は突然、防空壕(ごう)を飛び出して、燃え盛る街を走りはじめる。それを見た知人の女性は「この子は死にたがっている」と直感する。

 後日、「それはいけないこと」と諭された祐介は、背負いきれない荷物の重さに耐えていた自分に気付く。「荷物」とは、最初の空襲で親しい近所のおばさんが亡くなったことへの、尽きない自責の念だった。

 いつも自分が座る防空壕の奥に、その日はおばさんが座り、焼夷(しょうい)弾に直撃された。祐介はたまたま急病で入院していた。

 ここで死ねばつぐなえる-。10代前半の少年が駆られた衝動の深さを知り、女性は語り掛ける。「あなたはもう許されている。生き抜いてほしい」

 祐介は言葉に詰まりながらも胸の内を吐き出す。「ぼくは人の魂を預かってる…」。女性は涙が止まらない少年をそっと引き寄せて、抱きしめた。

 その時から祐介は、身代わりとして亡くなった人の「その後の生」を背負って生き抜く覚悟をする。魂を預かって。

 その体験は、経済や政治のゆがみを批判し、人間をないがしろにするなと説き続けた内橋さんの礎となったに違いない。

 「つぐなうには、書くほかない」。本紙の取材にそう心情を語ったこともある。

 神戸空襲を体験した舞台美術家、妹尾河童さんは幼少名のイニシャルで自伝的小説「少年H」を書いた。内橋さんなら「少年K」。その魂を、戦後世代の私たちが預かる番となった。

日々小論の最新
もっと見る
 

天気(10月28日)

  • 22℃
  • ---℃
  • 10%

  • 21℃
  • ---℃
  • 30%

  • 23℃
  • ---℃
  • 10%

  • 22℃
  • ---℃
  • 20%

お知らせ