日々小論

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 先日、訃報が届いた経済評論家の内橋克人さんは新聞社の大先輩ながら、お目に掛かったのは数えるほどで、もっぱら読者として接してきた。

 文章を通して感じてきたのは、書き手が発する「熱」である。例えば、客員論説委員として健筆を振るった小紙朝刊の「針路21」。さまざまなテーマについて人々が抱く疑問、もどかしさ、ときに怒りを整理して、言葉で表現する。そこにはいつも「熱」があったように思う。同じように感じる読者も多かったのか、内橋さんの回にはいつもたくさんの反響が寄せられた。

 一度、講演会に足を運んだことがある。解説を務めたラジオの語りそのままの、とつとつとした口調ながら、次第に会場にうなずきが広がり、聞き終えるとどの顔も少し紅潮している。そんな光景を覚えている。

 内橋さんと初めて言葉を交わしたのは、阪神・淡路大震災から2年が過ぎた春のことだった。私たちは、後に被災者生活再建支援法へとつながる、被災者への公的支援を紙面で強く押し出したい、と話し合った。

 当時、政府は「税金で個人の財産を補償することはできない」とかたくなで、新聞社内でも実現を疑問視する声があった。被災地の要求を後押しする専門家の話を集めよう。同僚記者が各地に出掛け、上京した私は東洋大学教授の一番ケ瀬康子さん、ルポライターの鎌田慧さん、そして内橋さんの元を訪ねた。

 取材後、思いばかりが先走った駆け出し記者の私に、内橋さんはこう声を掛けた。「被災者の声を永田町に、霞が関に照射するのです。地方の現場で生じた光で中央を照らし出す。それが地方紙記者の仕事です」

 振り返りながら今、胸が頭が、熱を帯びるのを感じる。

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