日々小論

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 〈ニュースをみたら、おおのこばしょうがっこうがもえていました。(中略)わたしは、「おうちがもえた。」とわかりました。おかあさんもわたしもかなしくてなきました〉

 30年前のきょう15日の夜、長崎県の雲仙・普賢岳で大火砕流が起きた。人的被害はなかったものの、現在は災害遺構となっている大野木場小学校や周辺の多くの家屋が全焼した。避難中に自宅を失った女児が文集に寄せた文章からは、子どもの視線で捉えた被災の様子や、不安の中で立ち尽くす大人たちの姿が伝わってくる。

 「平成最初の大災害」とされる普賢岳の噴火災害といえば、同じ年の6月に犠牲者43人を出した大火砕流が知られるが、実は火砕流や土石流が大小合わせて計9500回近くも発生している。人々は終息宣言までの約5年間、いつ終わるとも知れぬ災害に翻弄(ほんろう)されながら、暗くて長いトンネルを歩き続けた。

 私たちが直面しているコロナ禍も一向に終息の兆しが見えてこない。ワクチン接種が進む一方で、強力な感染力の変異株が広がり、集団免疫の獲得戦略が崩れ始めている。政府はついにウイルスとの共存へとかじを切り、条件付きの行動制限緩和方針を打ち出した。誰もが望むマスク不要の「元通りの生活」は、優秀な特効薬の開発を待たねばならないのかもしれない。

 いま最も知りたいのは、コロナ禍というトンネルの中にいる私たちの現在地である。昨年7月の時点で、野球に例えて「二回表でコロナ側の攻撃中」と説明した学者がいた。人々の協力を得るためにも、専門家には最先端の知見を駆使し、出口までの距離や残りのイニング数を示してもらいたいと思うのだが、難しいのだろうか。

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