日々小論

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 インドのデリーでアフガニスタンからの一団と遭遇したのは41年前、大学生の頃だ。

 「だぶだぶの薄い布ズボンをはいて、その上にねずみ色のシャツを長くたらしている」

 先日亡くなった歴史学者色川大吉さんが著書「ユーラシア大陸思索行」で描写したアフガンの庶民とまったく同じいでたちの男性が10人ほど。何かの商談に来たとのことだった。

 一方、デリーにたむろしていた欧米の若者たちは、アフガンをへて欧州に向かう「マジックバス」という長距離バスが近く出ると情報交換していた。古代からの陸路が曲がりなりにも生きていたことを知った。

 当時、人々は国境を越えて今よりもずっと自由にユーラシア大陸を行き来していた。筆者のような日本の若者も、色川さんの著書や作家小田実さんの旅行記「何でも見てやろう」を読んで、海外に飛び出した。

 学術調査で欧州からインドまで車で走破した色川さんは、何かを探してアジアを放浪する多くの日本人に出会っている。

 アフガンの半砂漠地帯で砂嵐に逆らい懸命に自転車をこいでいた青年もその一人だ。東北の大学を中退して旅する青年は、卒業して勤め人になる「きめられた道」を生きるのが嫌になったと旅の理由を語った。

 高度経済成長の陰で、道に迷った島国の若者たちを受け入れてくれた。そのアジアの大地で人々が今、暴力や弾圧に傷つき、救済を求めている。

 今も現地でお世話になった人の顔が浮かぶ。誰もが無事であってほしいと願う。できることは何か。日本はもっと恩返しをしなければならないはずだ。

 「歴史は民衆がつくる」と考えた色川さんも、最期まで庶民の窮状に心を痛めただろう。

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