日々小論

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 戦時中から約70年間、児童養護施設「愛神愛隣舎(あいしんあいりんしゃ)」(神戸市灘区)で子どもたちの養育に携わった鄭末岩(ていまつがん)さんが8日に亡くなった。愛称は「ママ先生」。95歳だった。

 施設のスタートは1942年。朝鮮からキリスト教の布教に来ていた張徳出(ちょうとくしゅつ)牧師が信徒4人と立ち上げた。そのうちの一人が在日コリアン2世の鄭さんだ。18歳で外資系企業のタイピストから施設の保母に転身し、周囲を驚かせた。

 在日朝鮮人のために始めた活動だったが、国籍に関係なく大勢の戦争孤児を受け入れた。神戸大空襲で建物が全焼し、毛布で囲った小屋で雨露をしのいだ。鄭さんは2011年まで23年間施設長を務め、かかわった児童は700人を超える。

 残念ながら、直接話を聞くことはかなわなかった。昨年夏、戦後75年の取材で愛神愛隣舎を初めて訪ねたとき、体調を崩していた鄭さんに代わり、次女で現施設長の曺徳善(そうとくぜん)さんが応対してくれた。大正時代に生まれ、自身の3人の娘を育てながら厳しい境遇の子どもたちに向き合った信念の人の足跡に、圧倒された。

 「ママ先生が亡くなったって本当?」。告別式の数日後、鄭さんが特に気にかけていたAさん(68)から電話があったという。小学生のときから施設で暮らし、中学卒業後もしばらくとどまり、調理員として働いた。「公衆電話からでした。10円玉1枚分の会話なのですぐに切れたけど、元気そうな声で安心しました」と曺さんは話す。

 コロナ下で、虐待や経済的困窮などによる子どもの一時保護が愛神愛隣舎でも増えている。児童養護施設の重要性が増すばかりの現状を、鄭さんならどう語るだろう。

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