日々小論

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 被爆者として初めてニューヨークの国連本部で核兵器廃絶を訴えたのは長崎の山口仙二さんである。「ノーモアヒロシマ、ノーモアナガサキ、ノーモアヒバクシャ」。1982年の軍縮特別総会での力強いスピーチは現在も語り継がれる。

 同じく長崎の被爆者谷口稜曄(すみてる)さんも国際社会に向けて、記憶に残る言葉を発信している。2010年に国連本部で開かれた核拡散防止条約の再検討会議で「人間が人間として生きていくには、一発も核兵器を残してはならない」と演説した。

 いまは亡き2人と同様に「被爆地の顔」として世界を駆け巡ってきたのが広島の被爆者坪井直(すなお)さんだ。「(原爆投下は)人類の間違ったことの一つ。それを乗り越えてわれわれは未来に行かにゃいけん」。5年前、米国の現職大統領として初めて広島を訪れたオバマ氏と対面し、こう言った姿は記憶に新しい。憎しみからは何も生まれないという信念を語ったメッセージは世界中に伝わったと信じたい。

 先月、その坪井さんが96歳で亡くなった。お目に掛かったことはないものの、同じ広島県出身者として深い寂しさを感じている。「ネバーギブアップ」と前向きに核廃絶を訴える姿勢に感銘を受け、一方的に恩師のように思ってきた。包容力のある言葉や振る舞いから勇気をもらい、多くを学んだ。

 被爆から76年がたっても「核なき世界」の実現は全く見通せない。坪井さんは「核兵器が廃絶されるのをこの目で見たい。でも私が見られなくても、後世の人に必ず成し遂げてもらいたい」と話していたという。

 広島選出の岸田文雄首相にはこの言葉を強くかみしめてもらいたい。悠長に構えている場合ではないはずだ。

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