日々小論

  • 印刷

 南北朝時代から戦国時代まで約250年にわたって播磨の守護家として君臨した赤松氏について、時間をかけて調べたり、新しい知見を研究者から教わったりする機会に恵まれた。

 一族の初代守護、赤松円心の活躍ぶりは有名だが、子孫の当主たちも実にドラマチックな生涯をたどった。ただ、ご当地播磨でも案外知られていない。

 北朝から南朝へ一時的に寝返ることで、一族や幕府の中で存在感を高めた3代目の則祐(そくゆう)は、まれに見る知将といえるだろう。5代目満祐(みつすけ)が将軍足利義教暗殺という大事件を起こし、いったん血筋が絶えた後、家臣らの奮闘でお家再興を果たした物語は、ほろりとさせられる。

 その後、身内を含む権力闘争が激化し、赤松氏の力は徐々に衰えていく。逆境の中、一族の威光を守ろうとする姿には胸を打たれる。

 親戚筋から養子に入り、内政改革を目指した7代目義村は、有能がゆえに義母らに疎まれ、重臣に謀殺される。父の敵を討った8代目晴政は、長年にわたる戦いの日々を生き抜いた。最後の当主則房(のりふさ)は、羽柴秀吉の命令で播磨から阿波(徳島県)へ領地を移され、その後は歴史の闇にまぎれた。没年や墓所すら定かではなく、悲運に胸が痛くなる。

 取材して、赤松氏は今も播磨のブランドだと感じた。中世の武士にルーツを持つ家が、系譜を赤松氏につなげる例は少なくない。「本当に血がつながっているのか」という問い合わせを読者から受けたこともある。

 歴史を学ぶことは、私たち自身を知ることにつながる。家系図の真偽を証明するのは難しくても、祖先たちが赤松氏に託した夢に思いをはせれば、ぐっと身近に歴史を感じられる。

日々小論の最新
もっと見る
 

天気(1月24日)

  • 9℃
  • ---℃
  • 10%

  • 7℃
  • ---℃
  • 30%

  • 10℃
  • ---℃
  • 10%

  • 9℃
  • ---℃
  • 20%

お知らせ