日々小論

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 作家井上ひさしさんは、岩手県一関市に特別な思いがある。中学時代の一時期、この町に住んでいたし、そこで会った高齢の女性が忘れられない。

 国語の辞書を書店から持ち出そうとした。冒険、いたずらという軽い気分で。見つけたこの女性は、井上少年に薪(まき)割りをさせた。終わると、彼女は辞書と少しのお金をくれた。

 「働けば、こうして買えるのよ」。お金は労賃から辞書代を引いた残りという。

 それからずいぶん時が過ぎ、一関ゆかりの作家を紹介する文学館づくりの運動が起きた。井上さんは無償で応援を買って出る。まっとうに生きる意味を教えてくれた女性へ、家族を温かく迎えてくれた町へ。いろんな感謝をこめた応援だ。

 直接の恩返しでなく、恩送りだという。受けた恩を別の人へ送る。その人はまた誰かへ。「恩が世の中をぐるぐるぐるぐる回っていく」と、一関での講演などをまとめた本にある。

 「1・17」が近づくと、井上さんの話がよみがえる。私たちにもたくさんの恩があった。

 飲み水が足りないだろうと、重いペットボトルをいくつも背負って来てくれた人がいる。寒かろうと、携帯カイロもいっぱいいただいた。

 消防署の前で見た光景も忘れられない。消防車のタイヤにもたれ、うなだれて眠る若い隊員がいた。岡山県内の自治体名が車体にある。緊急支援で駆けつけ、一晩中ホースを握ってくれたのか…と想像すると、不意に目頭が熱くなった。

 大きな自然災害が続く。あの時、心にしみた恩を次の被災地へ送り届けているか、恩送りの網は広がっているのだろうか。自省をこめ、阪神・淡路大震災27年の今を見つめる。

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