日々小論

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 今月15日に日本復帰50年を迎える沖縄を先日、訪ねた。目的地の一つが那覇市の対馬(つしま)丸(まる)記念館。映画監督の中江裕司さんが脚本と演出を手がけたテレビドラマ「甲子園とオバーと爆弾なべ」を3年前に見て以来、見学したいと思っていた。

 ドラマは、高校野球の夏の甲子園大会で沖縄勢が初めて決勝に進出した1990年を描く。主要登場人物の1人、おじいが孫娘に太平洋戦争中の「対馬丸事件」を語る場面がある。彼は子どもの頃、家族と一緒に対馬丸で本土へ疎開する予定だったが、自分だけ乗り遅れ、戦争孤児になってしまった。

 対馬丸は1944年8月21日、長崎へ向け那覇港を出た。沖縄が戦場になるとみた政府は、子ども、女性、高齢者の疎開を急ぎ、古い貨物船を疎開船に転用した。記念館によると、800人を超す子どもをはじめ、家族や引率の教員ら約1800人が乗っていたとされる。

 悲劇は翌日夜に起きた。鹿児島県トカラ列島の悪石島(あくせきじま)の沖合で米軍の潜水艦の魚雷攻撃を受け、わずか約10分で沈没する。大勢が船に取り残されたままだった。脱出できても、多くが波にのまれた。犠牲者は判明分だけでも約1500人に上る。

 対馬丸は97年に海底で発見されたが、政府は「引き揚げは不可能」と結論付けた。代わりに建設されたのが記念館だ。2004年にオープンした。

 館内には戻ってこなかった子どもたちの写真が多数展示されている。生存者や遺族の証言もパネルで示され、子どもらが再び戦争に巻き込まれないようにとの強い思いが伝わってくる。見ているうちに、ウクライナの子どもたちの姿が重なった。戦争も沖縄の基地も、なくならない中での復帰50年である。

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