日々小論

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 121年前の神戸駅は一時、騒然としたという。

 5月中旬ごろ。停車場に差し掛かった汽車の中で、一人の男性が精神に異常を来す。沖縄県の社会運動家、謝花昇(じゃはなのぼる)(1865~1908年)。山口県の新しい就職先へ赴任する途中だった。突然の奇行で周囲を驚かせ、神戸の病院に収容される。

 当時は大きな挫折を抱えていた。沖縄の農民救済も参政権実現も行き詰まっていた。程なく故郷へ戻り、回復しないまま7年後に世を去る。その一生は「権力との正面きっての闘争であった」(伊佐眞一編・解説「謝花昇集」)とされる。

 前半生は華々しい。第1回県費留学生として本土に派遣された5人のうち、農民出身は謝花のみ。神戸は希望に燃える彼が最初に上陸した地だ。帝国大学農科大学(現東京大農学部)を卒業後、沖縄初の農学士として県庁技師に採用された。

 そこで不条理に直面する。琉球が沖縄県になった後も、国の懐柔策で旧体制の特権は維持されていた。謝花は農民の共有林の開墾事業を担当したが、実態は農民から山林を奪い、有力者に払い下げる悪政だった。

 奈良原繁知事と対立を深めた謝花は、中央に知事の更迭を求めるも頓挫。県を辞職して政治結社「沖縄倶楽部(くらぶ)」を結成し、参政権の獲得を目指したが、生前に成就することはなかった。

 没後も沖縄は苦難の道を歩む。熱心に指導した製糖業が壊滅し、「ソテツ地獄」と呼ばれる恐慌に陥った。多くの県民が大阪や神戸へ出稼ぎに行ったが、低賃金や差別にさいなまれた。

 沖縄戦では県民の4人に1人が命を失い、日本復帰50年になる今も米軍基地の7割が集中する。現状を見たら、謝花は何と言うだろうか。

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