日々小論

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 沖縄は23日、慰霊の日を迎える。77年前、沖縄戦で組織的な戦闘が終わったとされる日だ。これを境に、旧日本軍が住民を激しい地上戦に巻き込んだ「戦世(いくさゆー)」から、米国施政下の「アメリカ世(ゆー)」へと移っていく。

 ポツダム宣言受諾に続き、9月7日、現地軍が正式に降伏する。そして1952年4月、サンフランシスコ講和条約発効で日本の主権が回復する一方、沖縄は本土から切り離された。

 同時に生まれたのが琉球政府だ。自治組織と言いながら、琉球列島米国民政府の代行機関だった。発足式典で読み上げる立法院議員の宣誓文には「米民政府ならびに琉球住民の信頼にこたえるべく…」とあった。

 これに怒り、式典で名前が呼ばれても起立せず宣誓拒否した議員がいた。瀬長亀次郎(1907~2001年)である。根拠は、占領地の住民は敵国に忠誠を誓うことを強制されない-とするハーグ陸戦条約だった。

 瀬長は米軍の弾圧をはねのけ那覇市長や衆院議員を務めた。今月、瀬長の資料を集めた同市の「不屈館」を訪ね、その気骨ある言動が人々をいかに励ましたかを実感した。展示されていた沖縄タイムスの訃報には、親しみを込めた「『カメさん』お疲れさま」の見出しがあった。

 復帰前の71年12月、瀬長は国会で佐藤栄作首相と対峙(たいじ)した。「沖縄の大地は再び戦場となることを拒否する、基地となることを拒否する、基地もない、アメリカ軍もいない、自衛隊もいない、初めて平和な豊かなという(略)ことばが使えるんだ」

 佐藤首相は「すぐにはできない」と弁解しつつ、平和な沖縄県づくりに邁進(まいしん)すると述べた。復帰から50年が過ぎても約束は果たされぬままだ。瀬長は泉下で怒り続けているに違いない。

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